@particle30

惑星イオはどこにある

寄宿舎の秘密

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※とても遠回りな記事で、ごめんなさい。
 伊藤裕美さんの「寄宿舎の秘密」を拝読しての記事となります。

 

 

 

 

 

 

 


「ここは牢屋」

と、彼女が言うので、わたしは苦笑いを返した。

 

 

彼女の言いたいことが分かるような気もしたし、分からないような気もした。

 

少なくともわたしにとってその場所は「城」で「家」だった。
かの有名なハリーポッターが、ホグワーツに対して抱いた思いと同じ帰属意識だ。
しかしここを「牢」だと思う子どももいるだろうとは予想がついたし、まさに彼女は自身を囚人だと呼んではばからない一派の一人だった。

 

危ないからとテラスにはあまり出ないように言われていたが、わたしはその言いつけをあまり守っていなかった。そこからは地平線いっぱいに広がる海が見えた。

 

「鳩がいるんだ」とわたしはウッドチェアの下を覗いて言った。

「クリプトコッカス」と彼女が不思議な呪文を口にするので、

「なに?」と返す。

 

 

そして彼女が笑う。

 

「だめだよ、危ない菌がいるんだ」

 

 


 *

 

長くなったが、わたしはそういう思春期を過ごした。

ジョルジュ・ビゼーの音楽で目を覚まし、一日数回の点呼を受け、守られた環境のなか規則正しい睡眠と計算された食事をとり、放課後は原っぱに寝転んでホルンを吹く男の子とたまに会話をした。遠くで大砲の音がする。もちろん、そこからも海が見えた。

 

「寄宿舎」にかんする説明を読んだとき、わたしは酷く奇妙な懐古の気持ちにとらわれていた。もちろん、「寄宿舎」とわたしの「城」は違う。動物はとうぜん持込禁止だったし、不思議な菌を持つ鳩は茶色だった。わたしたちは健康そのものだったし、同室の女の子は少女でも乙女でもなかった。

 

「寄宿舎の秘密」は、白い岩に少しずつ彫られてゆくレリーフのように、丁寧に繊細な描写が折り重なった作品です。最初はただ美しいだけだった白い岩が、少しずつ削られて、花が咲いたり少女が現れたり、そして最後にはどこか残酷な目の逸らせない彫刻になる。

 


「少女」。

いつでも冒険好きで、不思議の国のアリスミヒャエル・エンデのモモのように、彼女たちはいつだって守られた家を飛び出してしまう。そして誰かの、あるいは世界の、おおいなる秘密を知る。

 

「乙女」。

いつもたおやかで、けっして穢れなく、ユニコーンはその手のひらに一角をやさしくあてる。その瞳で見つめられると、だれもが立ち止まって、彼女に優しくしようと誓う。けれども、彼女にはかならず秘密がある。

 

そして「王女」。

あるいは女神のような響きをもつこの言葉。完璧な誇りを持ち、品位があり、当然に王座につく。椅子はもちろんひとつしかない。

 


「寄宿舎の秘密」は、「少女」と「乙女」の物語です。
オルゴールのように繊細に、一定のリズムで、見た目上はかわいらしく進行しながら、最後には人形が割れてしまうような恐ろしさが潜んでいる作品。つまり、はっとするほど美しい、ということです。

 

「少女」と「乙女」。たぶん、「乙女」のような存在に憧れなかった女はいないのではないかと思う。女神になりたかった子どもはとても多い。たいていは「少女」にも「乙女」にもなれないまま、ただ大人になってしまうような気がする。

 

思春期のころ、人は誰しも、自分は特別な存在ではない(すくなくとも、伝説の勇者の末裔だったり、この世でたった一人世界を救うことのできる存在というのでもない)ことを知る。世界の中心は自分ではないことを知る。そして、それでも自分は自分という存在として、自尊心を持ち自立したひとりの人間として、生き続けていかなければならないということを知る。

 

しかし、真に「特別な存在」はどうしたらいいのだろう? ということを、この本を読んでいて考えた。誰からも一目置かれ、確実な美しさを持ち、そしてそれを自覚している。「乙女」の完璧さは、外見、うちがわ、その所作、すべてに及んでいて、ひそやかな秘密を持っているところまで含めてすべて、完全なる「乙女」だった。

 

女と秘密はときに密接にはりついていて、分かちがたい。その別離の悲しさが、一人の「少女」を、あるいは「乙女」を、大人の女性にできずにただ「王女」にしてしまうことがある。

 


私の「城」は私を王女にはしなかった。わたしが暮らしていた部屋には今はほかの女の子が住んでいるのだろうし、あのウッドチェアにももう鳩はいない。しばらく前に、鳥が入ってこられないように工事された。

 

 

 

さいごに。

この本は、わたしが大切なお手紙をやりとりしている偉大なる女性から贈っていただいたもので、そういう意味でも、わたしにとってとても大切な一冊です。本をプレゼントいただくって、ほんとうに素敵なこと。その方にとっての「名刺」を、わたしは受け取ったのです。

 

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