@particle30

惑星イオはどこにある

20220308

自死に関する話が含まれています。

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 2022年3月8日、久しぶりに声をあげて泣いた。子供みたいに泣きじゃくった。

 

 時は遡って、去年の私の誕生日のこと、敬愛していた歌手・声優が死んだ。朝起きてすぐ、旅館のふかふかの布団のなかで、時間を確認するだけのつもりでスマートフォンの通知画面を一目見て、私は彼女が死んだことを知った。とても信じられなかったので、逃避のためにもう一度眠った。再び目を覚ました時、すぐにスマートフォンを開く気にはなれなかった。本当だと分かり切っていることをもう一度自分に刻み込みたくはなかった。努めて冷静でいようとしたし、誕生日ということで色々予定もあったので、その日のわたしに出来うる限りの穏やかさをもって一日を過ごした。帰りのロマンスカーの中で、おめでとうのメッセージを一通り読み終えて、友人がわたしのために作ってくれた誕生日専用のウェブサイトのメッセージ欄も一通り読み終えた頃、急激な寂しさに襲われた。

 

 その日のわたしには、二つの不幸があった。ひとつ目はその日の朝彼女が死んだこと、ふたつ目はその前々日に友人がガンの診断を受けていたことだった。死がなんだか突然わたしの周囲を覆い出してきたような感覚に襲われた。だがわたしは生きているし、そもそもガンの友人だって死なない。ガンになっただけだ。治療は必要だし、数カ月仕事を休まなければならないらしいが、すぐ差し迫って一年以内に死ぬとかそういうことではない。でも、わたしも友人と一緒に勝手に疲れていた。とにかく酷い心労があったけれど、このどちらの話についても旅行の同行人である恋人には伝えていなかった。

 

「実はさあ」とわたしはロマンスカーの赤い座席に埋もれながら言った。「友達がガンになってしまったんだ」

 

 一緒に悲しんでほしかったんだろうか、どうして言ってしまったのか分からなかったけど、ある程度消化してから言うべきことだという感覚はあった。恋人は、ガンのステージは何なんだとか、どのガンなんだとか、どこで治療を受けるつもりなのかとか、そういうことを一通り質問してきた。わたしは途中、心のなかで苦笑いした。まさに友人が言っていたのだ、「みんな、一番最初にステージを聞いてくる」と。その言葉を聞いた時点でわたしは友人にステージを尋ねていなかったし、それ以後も(「みんなに聞かれる」と言われてしまってはなおさらに)聞けなかった。

 

 結局、その日の朝に死んだ彼女のことについては話題にもあげなかった。ある程度消化してから言うべきことだという感覚が、またしてもあったし、そもそも「死」という不可逆の現象の話をするには(病だってある種不可逆ではあるかもしれないが、それでもここに違いを見出してしまう)、わたしののほうの覚悟がどうも足りない気がした。誰とも哀しみを分かち合いたくなかった。少なくとも、彼女のことをふかく愛している人以外に彼女の話をしたくなかった。今わたしがどんな気持ちになっているのか、誰にも知られたくなかった。わたしはわたしの心の心配をされるのが嫌だった。

 

 あれから数カ月が経った。友人のガンの治療のほうはひと段落した。わたしが、死んだ歌手のファンであり彼女を大変好ましく思っていることは、周囲には伝えていなかったので、誰からも心配のメッセージなど届かなかった。でも、もし知られていたらいくつか届いただろうと思う。これにはかなり助かった。「自分にとって大切なもの」は、大切である分、他者に開示などしないほうがよいのではないか、とそんなふうに思い始めていた。真に哀しんでいるとき、他人とその悲しみを分かちあいたいと思えない。誰とも慰め合いたくない。だから、「この小説が好き」とか「この絵が好き」とかは言っていいけれど、「この人が好き」だとは(その人が今この世界に生きているのなら)、言ってはならない。なんていうか、これはわたしの持つ弱みだから。

 

 そんなことを考えながら暮らしているうちに、2022年3月8日が来た。それまで、Youtubeで死んだ歌手の歌を聞いたり、お芝居の動画をもう一度見たりすることもあったけれど、概ね彼女の情報には(とくに、死後に発せられた「彼女に関する情報」には)積極的には接することなく過ごしてきた。でもその日の作業中、とあるラジオを聞いていたら、パーソナリティーが、「実はね、映画の***を今さら見たんですよ」と言い始めた。死んだ歌手・声優の、出世作といっていい作品だった。「とても面白かった」と言いながら、パーソナリティーは次のラジオナンバーに自身の曲「Life is good」を掛けた。パーソナリティーと死んだ歌手の二人の間にはそれなりに親交があり、「姉妹のような」という言葉を使ってお互いの関係性を説明しているのをインタビュー等で何度か見たことがあった。

 

"Life is good" の 歌詞のなかで、一番すきなところを抜粋する。

 

The world is ours
No one could ever take it from us

You know life is good
We got each other
And that's all we need

 

 ほんとにバカみたいだと思いながら、「Life is good」を聞いて泣きじゃくった。本当に人生って素晴らしいだろうか、わたしはそれを友人らに保証することができるだろうか。これから生まれてくる命に向かってそう語り掛けることができるだろうか。希望と約束ばかりを追い求めて、「that's all we need」(これで欲しいものは全部手に入れた)って歌うことができるだろうか。いや、毎日そうすることはできないだろう。でもそういうふうに世界を信じられる日は生きていればいつかある。すぐに過ぎ去って、また暗黒の夜が来るかもしれないけれど、「素晴らしい日」は永遠に来ないわけじゃない。わたしにだってあった。穏やかで幸福な夜があった。でもだからなんだっていうんだろう、「Life is good」って言えるだろうか? 言いたいけれど、ほんとうにわたしはそういうふうに言えるだろうか。でも言いたかった。

 

 あんなに寒い日に死んでしまったあなたのことが、やはり辛くて辛くてなりません。

 


 *

 

 

 読者のことだけを考えるなら、こんなに長い文章を書く必要はほんとうはなかった。
坂本真綾が、ラジオで『実は初めてアナ雪見た。ほんとに面白いね』って言った直後に『Life is good』流してて号泣しちゃった」ってTwitterで言えばいいだけだった。適当にみんなわたしの気持ちを想像してくれただろう。一文で済ませたほうが、より多くの人に、より正しく、わたしの感情を伝えることができたような気がする。ただ、その一文だけでは、わたしの覚悟や感情やかけた時間に見合わなかった。それだけで済ませた場合、自分がものすごく身勝手に感情を消化しているだけのような気がしてしまって、自分で自分を受け入れられなくなるような気がした。

 

 というわけで。

 ほんとうは一文だけでいいところを、長々と書いて、あなたに読んでもらいたいと思いました。

 今日はここまでにしておきます。自分に起きたことを、自分にとって固有のままで、とにかく書くことができるわたしであり続けられますように。

 

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某所に置いていた文章を引っ張り出してきました。

2021年に読んだ本の話

 

ぼくはまだ2020年ぐらいの気持ちなんですが……。

 

 

(ちなみに2020年に読んだ本の話はこちら)

 

meeparticle.hatenablog.com

 

 

今年の分も書いていこうと思います。

「おすすめ本まとめ」じゃなくて「読んだ本の話」なので、もうちょっとこういうことも書いてあればよかった~的な感想も含みます。

 

 

1.クララとお日さま

honto.jp

日光浴が大好きなAIのお話。AIにつきがちな設定――たとえば、感情の波が高くない、体温がない、どこか冷静……のような要素たち、つまりこの「血が通っていないかんじ」も、「日光浴が好き」という設定が付くだけで、「動物ではなくて植物寄り」の生命に思えてくるからあらふしぎ。動物のように肉をまとっていないやさしい生きもの。クララの視点を取ることで、人間が、最後にはどこか冷たい生き物のように見えてくる。読了直後は「うん、いい文章で、いい小説だったね」という程度の感想だったのですが、日を追うごとに、じんわりと良さが広がってきて、一年経った今ではかなり大好きな小説です。映画化が本当に楽しみ。

 

「わたしを離さないで」と同様、SF的モチーフを持ち出してくるのに、そのモチーフにありがちな特徴やクリシェがあんまり発動しないために、独自の世界観がしっかり出来上がっている感じ、ほんとうに好きです。

 

 

2. 子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から

エッセイ本。めちゃくちゃ良かった。最初の書き出しの部分を読むだけでもこの本の良さがわかると思うのでよかったら試し読みしてみてください。

honto.jp

 

どんな人にもおすすめしたい一冊。

村上春樹の「卵と壁」のスピーチが好きなんだけど、まさにこの本も徹底的に「卵」側についている。複雑でどろどろしていて割り切れない、でもそこに確実にあるリアル。実際に起こっていること、手触りを知っている人でないと思考することのできない問題があるということ。

あと、日本の幼稚園ってものすごく保育士の数が少ないらしい(イギリスに比べると)。

 

 

3. ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2

 

↑の「子どもたちの階級闘争」と同じ著者のエッセイ。こちらは息子さんとのエピソードが多めになっている。

1巻目はエッセイ大賞を取っていてかなり人気のシリーズ。2巻目もとてもよかったことは覚えているが、なにがよかったのか、1年経ったいまでは全然覚えていない。また読み返そうとおもいます…………

 

 

4.ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと

honto.jp

仕事に一切のやる気が出なくなっちゃったとある夕方のこと、早めに退勤してKindleでこれを買ってベッドで寝転びながら読み始めた。二時間後ぼろ泣き。

耳の聞こえない母親が周囲に笑われるのが嫌で、母親を守らなくてはいけないと思う息子が母親の代わりにあれやこれやをやってあげたりするんだけど……というようなエピソード詰まったエッセイ本。母親を守るつもりで自由を取り上げてしまうということ。

 

 

5.産声のない天使たち

honto.jp

生きたまま産まれてくることのできなかった赤ちゃんたちに関するルポ本。

病院によっては、生まれてくる前にお腹のなかで死んでいることが分かっても無痛出産に切り替えられなかったり、他の母親と同じ分娩室で同じように痛い出産をしなければならず、さらにすこし以前までは子どもを抱くこともできない病院もあったんだとか。

自分があんまり想像力のない人間だという自覚があって、こういうルポ本を読まないと世界にあるはずのいろんな感情や体験を見逃してしまいそうだな、という気がしています(命に関わる話は、直接当人から聞けるような話でもないし、もし聞く機会があっても冷静に受け止められないと思うから、テキストという形で世に出してもらえるありがたさを感じます)

 

 

6.すいません、ほぼ日の経営。

honto.jp

2年ぐらい前の誕生日にもらっていた本。

糸石重里、やっぱり言葉を使うのがほんとにうまい人。「うちは他の会社とは違う、特別」って意識が前にガンガン出ていてちょっと胸焼けしそうなぐらいでしたが、まぁでも社長ってそんなものなのかも。読みやすい本でした。

 

 

7.猫を棄てる 父親について語るとき(村上春樹

村上春樹のエッセイ本、とくに旅エッセイ本とかは結構好きでよく読んでいる。

親、という存在。人生の序盤を埋め尽くし、人ひとりの形成に大きく影響を与える存在であるにも関わらず、実際の影響力よりもその存在感はぼんやりとしていてどこか曖昧な気がする。思い出そうとしないと思い出せない、というか。

村上春樹の世代の人は、父親が戦時中に人を殺したことがあったのかどうかをずっと気にし続けていなければならなかったんだなあ……。そういえば私の母方のおじいちゃんは人を殺したことがないと言ってたけど、父方の方はそういえばどうだったのかなあ、とかぼんやり思ったりしていた。

 

 

8.脳から見るミュージアム アートは人を耕す

honto.jp

対談本。話が「美術館の運営は公共の長期的利益を生む(文化を耕している)」に終始していたが、もうちょっとつっこんだことも知りたかった。そりゃ公共の長期的利益のために美術館も図書館もあるでしょうけれど、そんな建前的一文は分かり切っているわけで、本であるからにはもう少し説得力ある実例が欲しかったというか……(ただただ「とにかく利益があるはず」というだけの主張に見えてしまってよくなく)

文章は読みやすくさらさら読めるので、とりあえず一冊本を読みたいときにはちょうどいい。というかまさに、2時間暇になった時間があったので適当に新書買って読んだ感じでした。

 

 

9.90分でわかるキルケゴール

なんか読みづらくて、たぶん90分以上かかった。

全体的な文章のテイストが好みに合わなかった。著者と合わなかったのか訳者と合わなかったのかどちらなのかはわからない。実際に喋ると面白いおじさんの、ブログの文章だけ読んでる感じ。本来なら質問して補えるところの不足が目立つというか。教科書的でもないし、かといって入門書というわけでもないような、ターゲットのよくわからない本だった。この著者自身のファンなら読みたがるような気もするが……シリーズこれだけ出てるってことは有名な人なのかしら。表紙のデザインは好きです。他シリーズを買うことはおそらくないと思う。

こういう入門本は、やっぱり「おすすめ!!」って強く誰かに推されているものを買うのがよさそう……。

 

 

10. よくわかる思考実験

 

内容自体はWikipediaで十分だろうという程度の薄さだが、まとまっているということに価値を感じる人は買ってもいいのかも。「思考実験」というものに強い興味はないがしかしそれについて知識を得なくてはならなくなった……というぐらいの人にオススメかもしれない。「思考実験」というワードをすでに知っていて、それが好きな人はもうすでに知っているラインナップだと思います。特に解説が厚いわけでもない。

 

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オススメ度としては、小説なら「クララとお日さま」、エッセイなら「子どもたちの階級闘争」が一番です。

2021年は、あんまり小説を読まなかった一年だったかもしれません。今年はもうちょっと乱読気味に色々読めるといいなあ。

 

 

 

さて、いつも通り、2021年時点でのベストテン(2021年に読んだ本だけに限らず、「今まで読んだ本」すべてのなかで)を書いておこうと思います。去年読んだ本からのランクインはなかった。残念。

 

1.「魔性の子

2.「わたしを離さないで」

3.「エズミに捧ぐ(ナインストーリーズ)」

4.「ライ麦畑でつかまえて

5.「パズルランドのアリス」

6.「孤島の鬼」

7.「ゴーストハントシリーズ」

8.「去年を待ちながら」

9.「死に至る病

10.「ひらいて(綿矢りさ)」

 

 

今年もいい本に出会えますように。

 

たられば

 

即興小説でもやろうかなと思ったんだけど、だれかと話がしたい気分だったのでここにきた。いや、実際にだれかと話をしろよ。と、自分でも自分に対してそう思う。

 

amazarashiの「たられば」という曲のメロディラインがとてもすきで、お風呂でたまに歌っている。「もしもぼくが天才だったなら」という歌い出しで始まるとても美しい歌だ。ボーカルが「もしもぼくが天才だったなら」と歌ったあと、4拍ほど声の乗らない空白がある。もう喋るのをやめちゃったのかな、なんて思っていると「たったひとつだけ名作をつくる」と続く。それでそれで? と相槌を打つための4拍がまたあって、彼は静かな声で「死ぬまで遊べる金を手に入れて」と続ける。どうするんだろうなあと待っていたら、4拍のあとに、「それこそ死ぬまで遊んで暮らす」と彼は言う。

 

会話ができそうなテンポで、相槌をゆるす間隔で、そっと置かれている歌詞たちがとてもすき。4拍の間に彼と同じメロディで追いかけて歌うこともできるから、親鳥のうしろをついていくみたいにわたしも同じ言葉を歌う。「もしもぼくが天才だったなら」「たったひとつだけ名作をつくる」「死ぬまで遊べる金を手に入れて」「それこそ死ぬまで遊んで暮らす」。

 

でもこの曲の一番すばらしいところはサビ。「あなたのねむったかお みていたら こんなぼくも わるくはないなっておもえたんだ」って歌うところ。ここだけは4拍の溜めがないから、一緒にうたう。わたしはこの曲が、この言葉たちが、伝えようとしていることがよくわかる。迷いも憂いも戸惑いも妬みも苦しみも、ぜんぶをやわらげてくれるものがあって、それを愛だと呼んでいます。ということ。

 

サビ以外ですきなのは、「もしも僕が話し上手だったら 深夜ラジオのパーソナリティーになる どこかの誰かの辛い一日を 笑顔で終わらせる人になる」というところ。わたしがもしも、わたしが持ちうる感性や言葉や思考のすべてを、きちんとまあるくあなたに伝えることができたなら、わたしもそういう人になりたい。

 

なんで書きたいんでしたっけ、とおもうことがある。もう手垢のついたばかりの”命題”で、永遠に答えが出ることもなさそうだし、そう面白い問題でもないんだから、さっさと手放してしまったほうがいいのに、でもやっぱり考えてしまう。なんで書きたいんでしたっけ。「書きたいもんは書きたいんだから仕方ないじゃん」って思うときもある、「書きたいと思う気持ちから書き始めているんだから、その時々でなぜ書くのかという理由は異なっているのだ」と思うこともある、「わたしはことばのために、心のために、思考のために、書かねばならないのだ」と考えることもあるし、あなたがくれたことばをただただ思い返している夜もあります。もしもわたしがことばを使うのがもう少し、もうちょっとだけでも上手かったなら、どこかのだれかの、というかあなたの、どうしようもないまっくらな闇の隣で、一緒に闇のまま座り込んでいたかった。だれにもできないことを、やりとげてしまう「ことば」がたぶんあると思います。無力なときもありますが、意外とそうでもないときだってあります。「もしもぼくが天才だったなら」。

 

 

 

 

 

www.youtube.com

「モクシロク」Z版について

 

夜北硝水さんの日記集「モクシロク」についての詳細が公開されました。

 

 

 

日記集「モクシロク」は、X版/Y版/Z版の3つのバージョンを持つ書籍です。
掲載されている記事内容に変更はありませんが、装丁や編者や掲載順や体裁等のすべてが版によって異なっております。

このうち、わたしは、Z版の装丁・編集・前書きを担当させていただきました。*1

 

 

しょーさんご自身は各種作業が大変手早い方ですが、わたしのほうは全てにおいてゆっくりやる方ですので、この本についても2か月以上の納期をお願いして作業に取り組みました。しょーさんだけで出されるならもう何か月か早く世に出るはずだった本の足を引っ張ったわけですので、せっかくですから、このような記事で編集内容の振り返りなどを行わせていただければと思います。

 

 

Z版について

Z版では、わたしによる「前書き」、「年表」、「逆引き集」を付けております。

また、本文も、算用数字・漢数字の編集やルビ振り・用語解説等で手を入れております。

 

編集について

 

「色々読みやすくしました。」

もし、わたしがこの本の著者(編者ではなく)であり、編集方針を聞かれる機会があったなら、ただ一言そう答えたと思います。自分が書いたものを自分で編集するということは、どこか制作の続きを行っているようでもあり、出し忘れた宿題を回収しているようでもあり……。本をつくるたびに言っていることでもありますが、書いているときの自分とそれを改めて見直しているときの自分と最後に本になった時に読む自分とは、三人ともまったく別の人間であって、しばしばこの間で喧嘩が起こることもあります。

 

しかし、今回は原稿をいただいてから二カ月間、わたしは「編者」としての自分に徹することができました。

 

編集について、わたしがこんな編集されたらほんとに嫌だろうな、と思うようなことをいくつかやっています。例えば硝水さんがルビを振るのをお好きでないことなんて百も承知ですし、硝水さんからしたら「年表」も「脚注」も、蛇足・無用の長物・明らかに過度な補足であって、日記中に書いていることをあらためて解説されるのなんてちょっと気まずい感じもあるでしょう。

 

しかし今回は「完成するまでお互い見せあわないこと」という縛り条件を逆手に取って、原稿をお渡しするときに、今回はこのように変更してしまいましたので、と笑って押し通すことにしようと決めました。著者のこだわりがあるかもしれない部分についても、一度は思いを馳せつつ、しかし必要だと判断したときにはためらわず編集をかけました。漢数字と算用数字の変換や、全角半角の調整、また掲載順の決定等のことです。個人的には、自分で編集するとしたらあそこまであからさまに類似の記事を並べることはできないような気がしております。とにかく、日記のなかに書いてあることを「読者」がくみ取りやすいように――それだけを意識して編集しました。

 

とはいえ、こんなに色々とあからさまですとやはりお嫌なんじゃないか、と思ったりもしたので、一応前書きにて言い訳を言ってから始める構成にしました。

 

注釈と年表について

 

日記というのは、その日あったことやその日感じたことを書く場所ですので、どうしたって時事性が伴います。むしろ、そのリアルタイム感が心地よいメディアだとすら思います。

しかしあれらの記事を書籍という形に落とし込む以上、何年か後にこの本を開く人も、わたしの想定する「読者」に含めるべきだろうと思いました。そしてその方に、2020年という年の異様さを思い出してもらえるよう、あるいは知ってもらえるよう、年表や注釈を付けました。(ただ、年表については、あまりに悲惨なことをたくさん書いてもしょうがないよなあ、という感覚もあり……。別に2020年という年の異様さを残すための本というわけでもありませんから、あくまでも「読者」が置いてきぼりの気持ちを持たないよう、寂しく思わないよう、それだけを願ってこの年表を付けました)

 

2020年――久しぶりに会った人や、長らく連絡を取っていなかった人に、去年、一番した最初の挨拶はなんだったでしょうか。わたしは、途中から気を付けていたにも関わらず、結局のところすこし場がしーんとすると、これを聞いておけばまあ大丈夫だろうというような手軽さに負けて、結局あの災厄の話を持ち出してしまっていた気がします。最近どこかへ行った? とか、そういう定番の質問がしづらくなったということもありますが。

2020年は新型コロナウイルスによる影響に浸濡れになった年でしたが、でも、それだけの年というわけではありません。世界をとりまく大災厄が起こっていたこと自体はどうしようもない事実ですが、それはそれとしても、人間の一日一日の生活(ご飯を食べて仕事をしてお風呂にはいって睡眠をとって)は結局大枠変わらずに続いていたりもしていて、悲しいこともしんどいこともみんなあったと思いますが、それだけの年ではなかったということ。

「年表」を付記することで、そうした色を付けすぎてしまわないよう、巻末付録に留めるというところと、あまりに悲惨すぎることばかり列挙しないというところを気を付けました。

 

前書きについて

 

実は、最初はもうちょっと違う舵切をしていたのですが、途中で、やはりこの本の最大の特徴である「著者ではない者による編集」という部分をもう少しフィーチャーして整理しなおすべきかなと思い直して書き直しました。

 

Z版「前書き」については、しょーさんのツイートにて少しだけお読みいただけますので、よかったら。

 

 

最初はお気に入りの記事のことや、硝水さんのブログを読み始めた時のエピソードなどを書いておりました。それはそれで面白かったですし、他人が寄せる「前書き」としてなかなか価値のあるものであるようにも思いました。しかし改めてこの本のコンセプトに立ち返ったときに、いや、もっとこの本にとって、導き手となれるような文章を書くべきだ、と思い直しました。

 

 

 

 

だからやはりこの本は一つの献身の結果です。

 

わたしにとって、「小説を書くこと」「文章を書くこと」はいろんな理由や背景や目的を伴う行為です。でも、「本を作ること」は、いつも誰かへの献身のつもりでおりました。たとえ自分のために書いた自分のための小説だったとしても、それを本にするときには、この本を手に取ってくれる人、読んでくれる人、そしてこの本自身のために、なにかを捧げて全てを手伝うような気持ちで、いつもいます。

 

 

 

他人の日記記事を編集するという、なかなかない機会に恵まれ、稀なる栄光に浴することができたこと、心から嬉しく思います。

いつも通りの祈りで終わります。すこしでも楽しんでいただけますように!

 

 

 

 

 

 

※2023/01/18追記※

gai-aさんによる「モクシロク」のロングインタビュー記事が公開されました。

こちらもよければ合わせてお楽しみください。

 

note.com

 

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*1:こちらで募集されていたのを拝見しお声かけしました。
https://twitter.com/garasssu/status/1372385016097828865

「十三月のうた」2020について

 

「十三月のうた」2020年版を作りました。
 ※去年の「十三月のうた」に関する記事はこちらです。

 

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 2020年に、某所にて書いていた短文をまとめたものです。

 

 ある種の日記集ともいえるし、エッセイ集ともいえるし、ツイート集ともいえるし、短編集ともいえるし……というような曖昧な散文が掲載されている本です。

 去年に引き続き、「39編の短文」+「1編の掌編小説」という形式をとっています。

 

 

 去年の「十三月のうた」もそうでしたが……今年の「十三月のうた」も、そこそこ怨念のこもった本になります。不穏な文章もいっぱいあります。生まれるまえの卵から、液をすこし借りてきて書いたような本です。「商品」の体裁は成していないかもしれません。まだ泥団子のままのように見える文章もあると思います。それでも大丈夫な方のみ貰って頂けたらと思います。

 

 

 サンプルページはこんな感じです▼

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 というわけで、去年同様、こんな感じの文章がお好きな方はぜひ貰って頂けると助かります。

 

 

 普段、小説を読んで下さったり、Twitterでのつぶやきを見てくださっているあなたへお届けできたらと思っております。

 去年と同様、ご住所をGoogleFormから送って頂ければそのままお送りいたしますし、匿名配送をご希望の場合は(送料や最低金額等で500円弱ほどかかってしまいますが)BOOTHでも受け付けしております。GoogleFormから送って頂いた個人情報は、送付作業/確認が完了したら削除しておりますので、去年お申込み頂いた方も、お手数ですがもう一度記入いただけますと幸いです。(ご質問等とくにない場合はTwitter欄も空欄でぜんぜん構いません)

 

・直接郵送の場合:https://forms.gle/Bi3SEUGMkaMkbLFs6

・匿名配送の場合(470円):https://particle30.booth.pm/items/3106250

 

※去年なんどかご質問いただいたのですが、直接郵送でも匿名配送でもわたしの手間やその他もろもろは特に変わりありませんので、ほんとうにどちらでもご都合いいほうをご選択くださいませ。

※発想は8月ころから順次になると思います。気長にお待ちください。

 

またあなたに本をお届けできて、嬉しい限りです。

 

どうぞ宜しくお願いします。

2018年の祝日の日記を見つけたので公開します

2018年の、書きかけの日記があった。化石になるまで放置してもいいんだけれど、どろっと溶けかけの状態で皆さんにお見せするのもそれはそれで面白いかなという気がいたしましたので、勇気を出して「公開する」ボタンを押してみます。3年後のわたしより。油絵をやるとか、スペインに行くとか、ルーヴルとオルセー美術館に行くとか、夢がそこそこ叶っててよかったね。

 

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0321 祝日メモ

 

桜咲く、ようやく春のころ、みなさま如何おすごしでしょうか。

わたしはビタミンが足りなくて体調を崩しています。

 

先日の水曜日、「プラド展 ベラスケス」に行きました。

 

https://artexhibition.jp/prado2018/

 

友人が最近、美術館めぐりにはまってくれているので、わりとさまざまな展示会に一緒に足を運んでいます。

 

美術館、映画、ショッピング、あとカラオケなど、なんでもそうですが、一人で行きたいときと他人と行きたいときと、けっこう区分がありますよね。わたしは自分のほんとうに好きな展示なんかはひとりで気ままに見に行きたいですが、多少興味の範疇から外れる(か、時にはつめ先がひっかかるかぐらいの)展示は、他人と一緒に見たいほうです。一人だと行かないところに連れて行ってもらえる、それが人間の交流というもの。

 

国立西洋美術館は常設展もそれなりに充実しているので、ちょっとはやめに11時から。まる一日かけて見ました。

 

及川光博さんの音声ガイド

 

迷わず借りました。とはいえ及川さんがひとりで30分しゃべってくれるわけもはなく、女性ガイドの方もいらっしゃって、だいたい半々ぐらい。

 

■展示

 

良かったといえば良かったのですが、数日たった今、あまり記憶にのこる絵がない。ミッチーが一番記憶に残っているかもしれない。

 

プラド美術館展」とは言っているものの、基本的には「ベラスケス展」という感じでした。

ベラスケスって、宮廷画家として名を成したのは知っていたのですが、わりと政治方面にも食い込んでいくタイプだとは知らず。絵を描く傍ら、宮廷内のさまざまなことを取り仕切っていたようでした。

 

また、宮廷画家、という言葉のひびきから、なんとなく貴族的で権威を愛するタイプだったと勝手に思い込んでいたのですが、どちらかというとわりと素朴なことを愛する人だったようです。(そもそも質素倹約の時代だったようで。)

 

ひとりだけわたしの創作にも「宮廷画家」職がいるので、ベラスケスの生涯を多少参考にさせてもらえたらと思います。いつか油絵とかやってみたいなあ。

 

■常設展

 

年をとったからなのか、もしくは照明や展示物などなにかしらの違いがあるのか(どうかそうであってほしい)、昔より絵画をまえにしたときに受ける感動が薄れていました。

 

とはいえ数も多く幅広く、素晴らしい絵もたくさんある展示なので、楽しく見回りました。でもとにかく広いんだよなあ。企画展見た後にくると、どうしても足の疲れと相談しながら進む感じになりますね。

 

初めて音声ガイドを借りるなどしました。常設でもあるのね!

 

ヴァニタスがとてもすきです。

あと、ハンマースホイが久々に見れたのも良かったです。

 

■常設展のなかでやっていた企画展的なもの

 

なにがなんやら分からなかった。

ジョルジュ・ブラックはそれなりに好きなのですが、もう一方の作家がむずかしすぎた。

 

■さいごに

 

全体的には圧巻でした。すばらしかった。

 

ああ、いつかプラド美術館に行ってみたいものです。

直近はフランスのルーヴルとオルセーに行かなくては。

イベント出店について(テキレボEX2)

 

テキレボEX2というイベントに参加しておりましたが、この度、イベント期間の延長・発送時期の延期が発表されました。テキレボEX2は通販型のイベントではございますが、発送等をまとめて行うときに人が集まりますので、その点の密を避けるための延期となります。

 

ご注文いただいていた方には、本をお届けできるのが随分先(4月下旬頃)となってしまったのがとても心苦しいのですが、忘れたころに届く本をお楽しみいただけたらと思っています。

 

<延期まとめ>

・購入期間を1/11→3/21まで延長

・入金期限を1/12→3/22まで延長

・発送期間を1/29~2/1→4/17~4/19へ変更

 

さて、あらためて、お品書きの掲載などをしつつ、BOOTH通販・キャンセル関連のお話について書いておければと思います。

 

 

 

現時点でのテキレボEX2のご注文数については、いったん来週末頃に【中間報告】値を教えてもらえるとのことでした。つきましては、以下の通りといたします。

 

・BOOTH通販は引き続き開けたままといたします。テキレボ分をキャンセルしてBOOTHからお申込みいただいても問題ありません。お手数おかけします。。

・中間報告値でいただいた分のご注文については、その冊数分の在庫を分けて残しておきます。

・なお、在庫確保はしておくものの、1/11以後のキャンセルも勿論可能です。特に個別に教えていただく必要もありません。

・「先物取引」は引き続きテキレボ新刊になります(テキレボ発送期間終了以前にBOOTHに出ることはありません。)

 

ちなみに在庫状態は以下です。

・一白界談、Polaris、標本:在庫切れの可能性はないとは思いますが、中間報告分の在庫はかならず残しておきます。BOOTH引き続き開いたままになります。

・十三月のうた:在庫極少なのでBOOTH引き続きクローズしたままになります。

・妖精あるいはYOSEI:コピ本&期間も伸びたことなので、テキレボ発注分はできるだけご用意したいとは思っておりますが、折り紙の在庫がそれほどないので欠品がありえます。

先物取引:これから作るので多分満数用意できます。

 

 

延長ということで、わたしも楽しみにしていた本を手に取れるのがすこし先になったり、また2月に届くのを見越してバレンタイン風味の本をご用意されていた方の気持ちなどを思うとちょっと切ない気持ちだったりもいたしますが、その分テキレボ三次募集でサークルさんが増えたり新刊が増えたりするようなので、もう1回イベント参加をお替りできたような気持ちで楽しめればと思います。運営の方お疲れさまです。

 

あと、テキレボwebアンソロも再開とのことなので、なにか書こうかな~と思っています。「手紙」。とても好きなテーマ。

 

 

 

というわけで、うちの本も引き続きどうぞよろしくお願いいたします!!

BOOTHリンクに続き、本それぞれ+参加アンソロ分の宣伝ツイートも貼り付けておきます。また本のなかでお会いできますように。

 

particle30.booth.pm