@particle30

惑星イオはどこにある

2022年に読んだ本の話

 

今年も書こうと思います。2021年に読んだ本の話はこちら。

 

図書館の利用にハマっていた時期があるので、こう言うのもなんですが「買うほどではない本」をたくさん読んだ一年だった気がします。ではわたしが「買うほどだ」と認識して購入まで至ったはずの家に溢れている書籍たちはどうなっているかというと、レンタル品である図書館本が読まれる傍ら殆ど手を付けられることがないという可哀そうな状況でした。

 

 

 

人間の絆

amzn.asia

 

サムセット・モームの自伝的側面のある小説。2022年最初に読んだ本にしてベストオブベスト。多分「今年の十冊」の中にも入ると思います。

 

あいかわらず冷淡で読みやすい文章と、淡々と続きながらも手触りのある人生。プロポーズを断られたあとに、「でしょうね」って笑い飛ばすところが大好き。主人公のフィリップは非常に湿度の高い人間なのに、「紳士である」がゆえか、他人に気を遣わることを恐れているかのような繊細さと激しさがある。かといってそれだけではない不思議な大胆さ。ほんとうによかった。

 

礼儀正しく品性のある人間でありたいフィリップにはたしかに純白の善性が保存されていて、それがゆえに損をすることも多いんだけれど、良心への呵責がないという報酬をこの人が喜んで受け取ることができますように。でもこの人にとって、結局「世界っていいもの」だったりするんだよな。それ自体に苛立つことがあったとしても。

 

訳者は金原瑞人で、本当に美しい訳文でした。同作者・同訳者の「月と六ペンス」という画家と物書きにスポットを当てた小説もかなり好きです。

 

 

西洋美術とレイシズム

 

西洋美術を軸にして、歴史的なレイシズムについて取り扱った一冊。

 

語り口は雄弁。宗教絵画を、それが描かれた当時の時代の思想が刻まれたスナップショットとして取り扱っている。中盤ぐらいまではシンプルで分かりやすく読みやすいが、後半はレイシズム的絵画の例示のみが続きすこし飽きてくる。あれもレイシズム、これもレイシズム、と例示を続ける本であり、つまりなにかしらの結論を出すタイプの本ではない(別にそれでいいと思うけれど)

 

なお、こういう新書にありがちなように、ある程度の聖書・歴史理解を前提としている。

縞模様が悪魔を象徴すること、三角帽はユダヤ人をあらわすこと、丸い帽子はジプシーをあらわすこと、などは知らなかった。神話のアトリビュートとかと同じく、知識が無いとそもそも読めない絵になっていることもあるのかな。

 

聖書のなかで追放された親子の絵がさまざまな時代で描かれているんだけれど、その親子の身体的表現が、その絵画が描かれた「当時」に迫害対象だった人々(黒人、ユダヤ人、ジプシー)に近くなっているというところは興味深かった。

 

 

シュルレアリスムとは何か

創作家向けの講義録。そうとは知らずに読んだので、「皆さんも作品を作るときにはこう思うと思いますが~」とか「前回宿題で出した~」というような話がぽろんと出てきてちょっと面食らってしまった。

 

ダリがめちゃくちゃ好きなんだけど正直「シュルレアリスム」というアートジャンルについては一切の知識を持っていなかったので読んだ。シュルレアリスム自体は文学起点の活動だった――というのはギリギリ知っていたけれど、その手法までは知らなかったのでかなり勉強になった。無意識に迫るため、とにかく書き続ける――という手法自体は切羽詰まっているときの即興小説に近いようにも思う。

 

他にも色々こういう本が読めたらいいな。おすすめあったら教えてください。

 

 

批評の教室

そもそも批評とは何か? の説明から始まり、テキストへの向き合い方、実践寄りの批評文の書き方まで教えてくれるまさに入門書。「読む」ってどういうことだろう、と考えたりしました。今年は読み手としての自分を大切にしたいと思っています。

 

関連図書もかなり面白そうで、いろんな本が読みたくなった。

物語の構成とかについてもっと理解を深められる本を何冊か読みたい。

 

 

誰にもわかるハイデガー

タイトルからしてめちゃくちゃ怪しそうな本ですが、作者は筒井康隆で、まあなんかちゃらんぽらんな本ではありました。ハイデガーの入門書を読んだあとに、ファンブックとしての本書を読むべきだったかもしれない。語り口は軽く読みやすいのでとりあえずの一冊としてはおすすめ。解説がめちゃくちゃ長い。

 

好きだった一文の引用 //「神のようなものだけがわれわれを救うことができる」と。だが、神はわれわれを救うことはできない。ただ、神はわれわれと同じことに苦しんでいる。

 

どうしても頑張れない人たち

「ケーキの切れない非行少年たち」2。1もそんなに面白くなかったのに店頭のポップに負けて購入してしまった。

最低限の安心感を持たない子どもに対しては、アドバイスとか指導とかではなくとにかく味方でいることが大事――という話、正直そうと分かっていながらも出来ないことも多そうだという感じがする。「そもそも約束を破るような人・努力できない人だから支援が必要なのだ」という言葉の現実感。

新書らしく、めちゃくちゃわかりやすい本ではあります。

 

ダンゴムシに心はあるのか

前書きで著者本人も言い訳している通り、第一章における「心の定義」の話は退屈極まりない。この議題をそぎ落として単にダンゴムシの研究紹介に終始しても十分読み応えの確保できる本になったのではないか、という気もする。

 

動物、少なくとも哺乳類が、嬉しかったり悲しかったり落ち込んだり反省したりする感情を持っているのは自明なことで、個人的にはあのナマコだって悲しんだりしているんだからそりゃダンゴムシも落ち込んだり反省したりするだろうなあ、と思った。哺乳類以外の動物の研究をすこしでもしたことがある人なら、この「心」の定義の上での「心はあるのか」の問いには、あたりまえに「あるよそりゃあ」と答える気がする。

 

著者にとって「心」とは、意思を表現するためになにか別の欲求を抑制できること。

ダンゴムシは障害物に合うたびに左右ジグザグに進む性質を持つが、その結果あまりに長いこと危険な状況に留め置かれるとその性質を破るものもいる。性質をそもそも持たないもの、性質を固辞するもの、途中で学習して変更するものがいるが、学習が働いていることは明らかである――というような話だった。

 

 

2週間で小説を書く!

読むのにそもそも2週間以上かけたんじゃないかな。そして小説は書いていない。せめて書いてくれ。

正直相性がよくなくそんなにためになる本ではなかったが、才能とは継続力、という言葉にだけは強く同意したい。

 

 

「子どもを愛する力」をつける心のレッスン

とにかく「60%」以上の愛情が3歳までに注がれるかが人生のすべての鍵――という感じで書かれている一冊。嘘つけ。

60%って、時間ベースなのか量ベースなのかどういった基準によるものなのかの説明などは一切なく、とにかく愛してあげないと将来愛せる子にならないし、取返しもほぼつかない――みたいな脅迫の本だった。

まあ、もし人間に「3歳までにこれをやっておかないと取り返しがつかない」ってことが本当にあるんだとしたらそりゃ仕方ないことではありますが、それにしてももうちょっと論理性のある説明がほしかった。

 

ところで本を全部読み終えたあとで、ふとWikipediaを見てみたら、著者の方、「愛情の取返し」を行うための「育て直し療法」と称して患者に性加害を行い有罪判決を受けているとのこと……。図書館で適当に本を選ぶと、こういう本にも出会いますね。

 

 

 

産めないけれど育てたい。 不妊からの特別養子縁組へ

「血のつながらない子供を愛することはできるのか?」

できるだろうなとは思うものの、実際にふんぎりつけるには相当な決断力と思案を要しただろうなあと推測できる。

 

養子側は成長したあと実親と再会することがあっても、「自分にとっての両親は育ててくれた両親だ」と思う人が多いのだそう。まあでも、実際的にはそうですよね、わたしも両親のことを「親」だと思うのは、育ててくれた二十年があるからだし。と思ったりなどした。

 

 

折られた花: 日本軍「慰安婦」とされたオランダ人女性たちの声

慰安婦問題は実は韓国との間だけに発生しているものではない――ということはぼんやり知ってはいたんだけれど、あんまりちゃんと調べたことがなかったので読んだ。

 

まあしんどい一冊だった。今よりも売春婦の身分がかなり低かったから、「強制売春だった」のか「そうではなかった」のか、の違いがかなり深刻な生活影響を及ぼしたそう。でもそこの認定争いを国家としなければならない――というしんどさ。韓国慰安婦問題を取り扱った本は数多いけど、オランダのほうはほぼ本がないんじゃないかな。貴重な一冊でした。

 

 

ナルちゃん憲法

この本、なぜか存在をずっとずっと前から知っていて、というのもわたしの人生の推しゴーストハントの「ナルちゃん」が一応タイトルについているから……。Amazonとかで検索すると出るんですよね。

 

本としては、美智子皇后による皇太子(ナルちゃん)育児メモを元に、皇室担当記者が書いた本。もちろん、非常に丁寧で愛情を感じられる子育てですねぇと言う感じ。

 

 

絵筆のいらない絵画教室

子どもに、「絵を描く」前にやるべきことを教える――というような本。

まあ、観察が大事だよね、みたいな話でした。

 

著者が、初めての人体解剖を終えて解剖室から出たときに、階段を昇っていく人の白い足を見て、「えっ、生きている!」と驚いてしまった、というエピソードがとても好き。まずは自分なりに感動できるようなインプットがないと描けませんよねってことを分かりやすく伝えてくれる一冊。

 

 

その子を、ください。

これも養子に関する本。

出すほう・貰うほうのそれぞれの「親」目線の話。産婦人科医師の記録書であることから、「子」側の視点の話はほぼない。

「この子を養子にむかえるために、わたしは子供ができない身体だったんだと思う」と言ったというお母さんのお話があったんだけれど、こう言えるようになるまでには様々な思案が必要だったろうと思う。

 

 

「なぜか娘に好かれる父親」の共通点

娘視点で読むと「そりゃあそんなことしたら嫌われるでしょうね」としか言いようのない本。価値観が違いすぎる。ある意味「娘に嫌われている父親の言い分」を窺い知れる本でもある。

 

「大丈夫!娘とは必ず和解できます」の章とか、ちょっとした宗教みまで感じた。娘と亀裂の走る父親を傷つけないように宥める本という印象。

 

 

モンテッソーリ教育で子どもの本当の力を引き出す!

モンテッソーリってなに?知らん。そういう状態から始めるのにちょうどいい本です。

学習的な本と言うよりは、モンテッソーリ教育を行うにあたっての最初のこころがまえを教えてくれるような本。最初の一冊目にとてもいい気がする。細かいことは他の本に任せてる感じです。ゆるさと読みやすさがとてもいい。

で、モンテッソーリというのは「就学前の子どもがどの時期にどんなことに興味があるか」を理解して見守りましょうという考えがベースにあるもの。元々、かなり意識高い感じの教育方針なのかなあと思っていたんだけど、どっちかっていうと受け入れて怒らず楽しませ、という方向の教育だった。

 

 

日本人のためのアフリカ入門

以前から、アフリカ=経済支援が必要な貧しい国、と解像度の低い理解しかできていない自覚があったので読んでみた。アフリカと一言にいってもさまざまな国があり、比較的安定している国から選挙不正で揺れている国までさまざま。

戦後の一定時期、アフリカが世界においては相対的に豊かだったこと(アフリカより貧しい国は他にいくらでもあったこと)や、冷戦終了後に石炭石油等の資源輸出国としての価値が薄まり経済支援の縮小が行われそうだった状況にストップをかけたのが日本であったことなどは、まったく知らなかったし意外でもあった。

 

 

よるのばけもの

実は、初・住野よる作品。

そんなにエンタメしてないのが個人的には意外だった(大人気作家という認識だったので)。ひょっとしたら今作がちょっと珍しいほうなのかも。

文章は読みやすく、青春系作家という感じがする。でも例えば中学生なら誰にでも読めるかんじじゃなくて、そこそこ本を読む子じゃないと読めないかもという感じはした。他の代表作も色々読んでみようかな。旅行の行きの電車で読み終えました。

 

さよならの言い方なんて知らない。6

ラノベ小説です。出たらリアルタイム購入する小説なんて、十二国記とこれしかないかもしれない。もう6巻まで来てしまいました。

デスゲームものではあるんですが、心の底から優しい話なんです。今回も、プレイヤーたちが「アレ」だと明かしたうえで、言葉によって心を動かすトーマの作戦の強みをラストに持ってくるこの構成の強さ。ドラマがすごい。めちゃくちゃオススメです。(6まで読まなくても、最初の1巻だけでも面白いと思う)

 

オークブリッジ邸の笑わない貴婦人

ラノベ

異世界転生」あるいは「タイムスリップ」でメイドになって……という小説はいくらでもあるわけだけど、この本は「現代を舞台に、メイドとしての立場で、いかにして19世紀を再演するか」がテーマ。

苦労が多く描かれ、なんとか主人に認められるまでの物語。後半のドラマはちょっとドラマティックすぎるかなあと思ったけれど、読みやすい文章と魅力的なキャラクターを楽しめた。21世紀に生きているはずなのに、19世紀が少しずつ「現代」「私たちの時代」になっていく使用人たち。執事のユーリさんとのカップリングもさりげなくてとてもよい。

 

メルロ=ポンティ入門

 

哲学書を読んでみようシリーズ。

 

ぜんぜん意味わからんかったが、とりあえず一旦読み終えてみましょうか、という感じで読んだ。内容は1/3も理解できていないと思う。

 

著者自身の、火事の話が本当に印象に残った。隣の部屋がある夜火事になったので、ちらっとベランダから部屋を覗き火の海になっているのを確認してから通報したのだそうですが、実はその覗いた部屋の中には(その時は気が付かなかったけれど)お隣さんの母娘がいたということを後で知った、という話。結局心中だったそうなんだけれど、著者は決して正義感の強い人間ではないのに、あの夜、その小さな小さな娘さんを抱えてヒーローよろしくベランダを飛び出す夢を、何度も何度も見たということです。

 

こう書いても著者本人は喜ばないだろうけど、正直この方の書いた研究エッセイ本とか読みたくなった。メルロ=ポンティについてはまた巡り巡って理解できたら嬉しいなという感じです。(なにも入門できていない)

 

 

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10月以後は体調崩してたのでほぼ本読めませんでした。

今年はまたちょこちょこ読んでいきたいな。

 

 

 

では最後に、2022年時点の十冊です。

 

2022年時点での10冊

 

魔性の子

・人間の絆

屍鬼

・私たちが孤児だったころ

・パズルランドのアリス

ゴーストハントシリーズ

・月と六ペンス

・エズミに捧ぐ

高慢と偏見

・クララとお日さま

 

 

 

今年も良い本に出会えますように。

 

 

2022年10月 第八回文学フリマ福岡出店&参加について

 

2022年10月23日の、「文学フリマ福岡」イベントに出店いたしました。

東京以外で開催される文学フリマは、参加するのも出店するのも初めてで、事前には感じがあんまりつかめないところもあったのですが、結果的には観光がてら三日間楽しめて大変よかったです。

(コロナの状況が悪化して行けなくなってたらどうしよう……という心配もしておりましたが、そんなに悩むことなく行けました。)

 

イベントに参加するとき、過去の方のレポート読んで参考にさせていただく機会が非常に多いので、この記事もそのような一助となれるようちょっと長めにたらたら書いていこうと思います。

 

 

出店風景

 

こんな感じ+タブレットでスライドショー動画流してました。効果はいかほど。

遠地なのであんまり飾りつけはできなかったです。

文学フリマ東京との違い

今まで文学フリマは東京しか参加したことがありませんでしたが、福岡は何よりも「見本誌コーナー」があるのがほんとによかったです。

また、サイズもワンフロアで見渡せる程度の出店数なので、全部の見本誌を表紙だけでも確認する&一旦全部のブースを回る、ということがそんなに非現実的ではない。というか、若干ざっと見でよければ1時間で出来ました。ちゃんと見れた感じがあって非常によかったです。

 

ブースを離れる時間帯について

どうせ開始直後は人来ないだろーと思って、開幕1時間ほど自分も見本誌コーナーいったりブース回ったりして遊んでました。が、やっぱり最初の1時間はブース離れないほうがよかったかもしれない。。。

 

というのも、普段文学フリマ東京においてはだいたい開幕直後ってみなさん売り切れの可能性がある人気サークルをまわってる時間なので、正直そんな人も来ないんですね。

ただ、考えてみたのですが、文学フリマ東京はそもそも出店数も多いので、開幕即時駆け出して買いに行きたい「マストなブース」の数も多く、その結果最初の一時間はそんなに人来ないということだったんじゃないかと……(ていうか考えてみると東京ですら1時間じゃなくて30~40分ぐらいだったかもしれない)

 

12時過ぎに戻りましたが、その後12時~13時の1時間だけで今日一日の売り上げの半分ぐらいに達しておりました。13時以後の失速を考えると、開幕後~13時までは我慢していてもよかったかなー(いやでもー、いち早く本も読みたかったしなー……)という感じでした。知り合いのブースだけダッシュで回って買う+読みながら13時ぐらいまで売る+その後14時以後で1時間抜ける、とかが良かったかもしれない。いやその通りなんだよな。まあでもせっかくだから見本誌すぐ見に行きたくなっちゃうんですよね。

 

ただ、来て下さった方も、見本誌見て来ました!って方が多かったので、開幕一時間は見本誌読んでもらってる時間だと割り切って今後も遊びに出かけてもいいような気もしています。そもそも開幕来るような熱意ある方は1時間で帰らない気もするし(どうなんだろうか、分かりませんが……)

 

宣伝とか売れ行きとか

 

事前のTwitter宣伝はうるさいぐらい頑張ってました。効果あったのかな、どうかな。2名ほど、Twitterで見ましたって方もいらっしゃいました。でもやっぱり見本誌経由が一番多かった気はしてます。

 

あとは動画+お品書きをスライドショーでずっと流していたのですが、ちょっとタブレットだと小さすぎてあんまり皆さん見てらっしゃらなかった気がしてきた。ただ、動画に関しては、Twitter上での訴求力は大きかったかと思います。(絵とか動画とか、やっぱり目をひきますよね)

 

販売数は東京文フリより少し落ちるかな~程度ですが、「初めて」の方が多かったのか、名刺代わりとうたっている「標本」がよく出る感じでしたので、売上額としては少なめでした。でも初めての方に作品手に取っていただけたこと自体が非常に嬉しいので、出店してよかったです!

 

売り手として準備するもの(の、中で忘れたもの)

今回、ありとあらゆるものを忘れました。

・セロテープ(なんとかした)

・ガムテープ(お恵みいただいた。すみませんでした。)

・アルコール(皆さんも使いやすいプッシュ式を持ってくるつもりだったんですけど完全に忘れ、自分が使う用のスプレータイプだけでしのぎました。あと、アルコールティッシュもあったらよかったなあ。。)

・コイントレー(これだけは家を出る寸前で思い出し、リュックに差し込んできました)

 

コイントレーは実はやってるブースもうあんまりなかったんですけど、わたしは引き続き一応続けようかなあと思っています。そんなにお互い手間がかかるわけでも別のリスクが発生するわけでもなんでもない策なので。スプレーでしゅっしゅできるトレーなら常にアルコール除菌出来ますしね。

 

書い手として

見本誌コーナー最強でした。文学フリマ東京に見本誌コーナー帰ってきたら、ぜひ何時間でも立ち読みしていたいです。(あとチラシコーナーもいいよね。文学フリマ福岡では、チラシコーナーはまだ復活していないようでした)

 

あと、新しい本との出会いも多かったです。

福岡という場所柄なのか、それとも久々に見本誌コーナーのある文学フリマだったからか。色んなタイプの文章と出会うことができて、非常に楽しい一日になりました。

 

あと今回はできるだけ早めに感想を皆さんにお届けしたい。積読せずにがんばります。

 

福岡・観光してよかったところ

最後に観光情報。若干博多より遠出するところばかりです。(といっても30分~1時間程度)

 

マリンワールド海の中道(水族館)

博多から30分ぐらいです。水族館が好きなひとならめちゃくちゃオススメです。ラッコがいるし、イルカショーはスケール大きく演出も面白いし、アザラシの通過ポールは大変可愛く、ちょくちょく行われている水槽ショーもとてもよかったです。イルカの水槽の横にレストランがあるにも関わらず、そんなに混みすぎていなくて普通に座れるし(平日ではありましたが)。

 

福岡市立美術館

ダリの描いた「ポルト・リガトの聖母」という絵画があります。大変大きく、またとても良い絵で、きっと企画展などでどこかに行くことがあったら人の群れに覆われながら見ることになるような力のある絵なんですが、ここでなら独り占めできます。ほかはミロとかバスキアとかシャガールとかがぽつぽつと一枚ずつあります。特定の画家や傾向に沿って収集しているというよりは、ポイントおさえて画家それぞれ一つか二つずつ買っていってる感じ。

また、常設のなかで上記の西洋絵画の他、仏像なども見られます。仏像や屏風エリアは、若干博物館的な趣がありました。学芸員さんによるパネルで、それぞれの品の歴史上のエピソードなどが添えられていたり、普段興味ないようなものも見ごたえ抜群でした。

メインコレクションの中に好きな画家がいる場合は大変おすすめです。公園のなかにあって、気持ちいい風と空気のなかお散歩するような気持ちで行けました。

 

南蔵院

巨大な寝ている仏像があるお寺。

それだけでも見ごたえ抜群(お寺にこんなこと言っていいのか分からないが……)なのですが、大仏に向かうまでの道の間もなかなか面白かったです。

まず一つ目の女人天照堂では、どのような仏様がいるのか・仏様同士の関係性や廻り方など教えてもらえます。その後は軽く坂道上りつつ、行きたければ山っぽい道も進める感じ。ありとあらゆる道にさまざまなお地蔵さまがいるのですが、フクロウの地蔵だったり、なにやら可愛らしい兎だったり、やさしげな猫だったり……。

寝ている巨大仏像の中には入ることも出来ます。大仏様から出た後は、おまけに投げ用の羽がもらえて、お祭りの露店みたいな感じで投げて箱の中に入ればお守りがもらえるという仕組みになっておりました。周囲の人々が「大大吉」を狙う中、一人堅実に「大吉」を狙ってみたのですが、全部外れました。

あと、ご飯は南蔵院の入り口すぐにある古民家だご汁料理店の「吉田屋」さんがおすすめです。お腹空いてたこともあったとは思うけど、これ以上ないぐらい美味しい定食だった。。。中も、窓際では素敵な日本庭園が見えたりと非常にのんびり食事ができるお店でした。

 

 

 

福岡観光もたっぷり楽しめて、本も売れて、またよい出会いもあり、たいへん良い三日間でした。ありがとうございました!

 

百物語アンソロ「一白界談」における自作の説明(mee)

 

「一白界談」という百物語アンソロジーを、2020年11月に発刊しました。(同人誌)

 

*今、何年?(答え:2022年)というかんじだとおもうんですが、しばらく本記事もあたためておりました。そろそろ出します。宜しくお願いいたします。

 

 

▽公式サイトはこちら

一白界談 - 放課後文殊クラブ

 

maruyaさん、tamaさんとそれぞれ33話ずつ、計99の物語を綴じた一冊です。その本について、自作分について説明(というほどのものでは全くないが)の記事を書きました。

 

わたしにとってこの本は、大切な友人と一緒に作った自由研究のようなものであり、人生で最も思い出深い一作であり、ひと夏の思い出であり、かつこの本のために書いた作品が改稿ののちとある新人賞で(賞は取れなかったものの)一定の評価をいただけたという意味で成長の階段を作ってもらった親のような一冊でもあります。

 

 

 

 

 

▽というわけで以下は「一白界談」のネタバレばかりだよ

 

 

 

 

 

 

 

まずはオススメセットの話をします

 

この本、太いですよね。

というわけで、あなたのタイプごとにオススメセットをご紹介します。
 

本格ホラーシリーズ(7選)

1.渡り廊下の女生徒

5.ヤドムシのけんきゅう

23~25.奥ツ城シリーズ

29.黒い先生

86.ガッコウノカイダン

 

ホラー体験談!セット

怪談を直接聞いているかのような気持ちになるセットです 

8.カルミア

9.職員室の前

31.同級生のりかちゃん

33.僕が死んでも

75.キムラサン事件

 

怖さ控えめ! カジュアルホラーセット

ホラー本を買いはしたものの、ちょっと実は怖いのが苦手だとか、夜眠れなくなるのは困るのでいったん今は怖くないホラーを読みたいとか、皆さま色々ご事情はあるでしょう。ということで怖さ控えめセットがこちらです。(「控えめ」なだけなので普通に怖い一行とかもあります)

34.エピタフのアドバイス

36.物分かりのいい人

61.ヒゲゲゲン

63.キムラください

66.一蓮托生

97.月のない夜に 

 

 

これから読む人向けっぽく書いておいてなんですが、どちらかというと読了者が「たしかにこの話めちゃくちゃ怖かったな……」とかとか納得して遊んでいただくために書きました。

 

担当しました33話分について

 

以下が担当分の33作です。読了者向けです。

 

教育理念:キャッチ―に読みやすく序盤に使いやすいようにと思って書きました。「名乗り」で伝聞で出てくる「響子先輩」はこの子です。

カルミア:33話の中盤、ここらで自分らしい話を書かないと死ぬ……と思いながら書きました。藤田くんが頑張って電話インタビューしたんだと思います。

職員室の前:わたしの思うインタビュー風ホラー。「名乗り」中でも話名が出ています。美術教師の斎藤はちょこちょこ出ています。

おばあちゃんに会いたくて:身近な愛する人が、死んでしまったあとは自分と違う秩序のなかで思考を行うということ。

ひとさらい:美術教師の斎藤が出ています。他でも何度か出てる。

Kopernikanische Wende:コペルニクス的転回のこと。タイトルを考えるのが本当に苦手です。この話は書いたのも終盤で、最後まで苦しんで書いてました。

ユウのスカートが揺れる:タイトルを読み返さないとオチ(というか裏設定)に気が付かないのでは、という感じの話です。

返礼と注釈:自分ぽい作品を書きました。あまり怖くはない。「果たして彼は其処にいた」1回目です。死んだ直後ぐらいの話なのでしょう。

エピタフのアドバイス:これも自分ぽさ重視であまり怖くない。即興小説ぽい。

物分かりのいい人:tamaさんこういうの好きかなと思ってtamaさんのために書きました。(創作煮詰まった時、こういう風にたった一人のためだけにお話を書く策は非常に効果的です)あまり怖くない。

水揚げの魔法:読者を犯人にするミステリに憧れているので書きました。時間シリーズ。(多分他にも2つぐらい不穏な時間シリーズがあります)

あの子はだあれ:怪異をとりまく周囲も含めてなんかこわい、という話を書きました。

美術室:場所シリーズ。タイトルを考えるのがつらすぎて、タイトルから逆算して話を考え始めました。

理科準備室:やっぱり怖い理科準備室。人体模型は他の話でやっちゃったので、こちらは水槽で。

図書室:33話あるので、色んなテイストのを書きたいと思い、けっこう外してみた一作です。ちょっと海外文学ぽく。

グラウンドの百葉箱:初日のアイデア出しの時からネタがあった作品でしたが、いまいちオチが難しくて最後まで苦しみました。

ごみ焼却場:「名乗り」でも使いました。

百物語は夏の季語:33話書くの無理じゃない……? と苦しみの中にいたときに、なんとかして楽を出来ないかと考えていたら短歌アイデアが出てきました。

すべての赤子には祝福が贈られる:イヤミス的なもの。星新一的なもの。maruyaさんの話の後ろにウキウキで置かせていただきました。

魂は彼の胸に:このタイトルなに? 「藁しべ長者」がタイトルかと思っていました。

救いは愚者にのみ訪れる:唯一、説明がないと実際に起きていたことがよく分からない作品だったので解説の場所を得られてよかったです。実は狛犬の像のなかには生きた人間が入っており、その人が声も出せず救いを求めて生徒らをぎらぎら見つめていたのですが、思いは届かず死んでしまい、しかも執念で像に張り付いていた目玉まで少年に棒でつつかれ落とされてしまい、もう彼もしくは彼女に気が付くことのできるチャンスは永遠に失われてしまったのでした、チャンチャン、でも愚者である少年たちは何にも気が付いていないから幸福です、という話でした。

意識の超難問:左右というものを、夢と現実というものを、本当と偽りというものを、わたしは真実きちんと理解しているのだろうか、みたいなことを考えながら書きました。怪異側視点です。

足之遠足:足たちが躍っている、というここだけ見るとちょっと恐ろしい話です。ラストページに仕掛け(本当は存在しない幽霊文字が一文字入っている)がしてあります。

幽霊文字:「足之遠足」の仕掛けはこの小説のために置きました。

パプリカ:おいしい物語です。すこしずつ生まれる話が好き。人体がまるごとじゃなくて、パーツごとに生まれてきてあとで合体したら怖いなあと思ったんですが、そのまま書くとグロテスクなのでこのようにしました。

ジャボチカバ:これはおいしい×眼球という最高のSSです。実在の植物で、母校の温室でも飼育(栽培)されていました。ちょっと怖い見た目かもしれないので検索される際はお気を付けください。

野生の思考:書き順ではラスト作でした。絞り出した最後の一滴というか、そういう感じがするでしょう、皆さん…… タイトルはレヴィ・ストロースの名著からいただきました。人間は交換する生きもの。

予告:映画の予告CMみたいに、他の作品の話をするようなものも入れたくて書きました。

N氏と足音:拙作中で僧侶が出るのは今作だけかもしれません。

籠の鳥:この作品のように、一度も改行されない見開きページのある作品を「絨毯」と呼んでいます。

満潮の湖:maruyaさんリスペクトして金魚を書きました。

ピクトグラフ:最後のほうに苦しみながら書いた思い出しかありません。

名乗り:9月まるまる使って書きました。続きはこちら

 

 

 

とかやってたらmaruyaさんが99話分書くって言いだしたからわたしもやります。話順決めのときの話もあわせてできればなあと。(2022年注釈:このまま一年半ぐらい塩漬けになっている気がするので、途中ですが公開いたします。)

 

渡り廊下の女生徒:全ての原稿が出そろうまえにぼちぼち話順決めや編集作業も始めていたんですが、どうしても最初の話が決まらなくてもやもやしていた時に提出されたのがこちら、「渡り廊下の女生徒」。これじゃん!!!ってなって一話目に置かせていただきました。わたしにとって母親のような作品です。「ゆうすけ」って名前がとても大好きです。ある意味一行だけで説明しきれる恐ろしホラー。こういうのがとても好きです。チャイムの音から始まるのが天才的だと思い、その件についてはすでに十五行ぐらいで語って作者さんにお渡ししてあるのでここでは省略いたします。「名乗り」の中にもご登場いただきました。

教育理念:自信があるので序盤に置きました。(本当は自分のは三話目がよかったんですが、「匣」は三話目ぐらいかな~と思ったので)

匣:maruyaさん作品のなかの最初はこれがいいということだったので、ここに配置。これから怪談を読む人間への脅しのような文章ですよね。

真夜中の公園:冷たくて、霧が出ていて、湿っている。なにかが起こる予感しかない。たまさんの作品が本当に好きです。ひたひたとやってくる怪異の足音。

ヤドムシのけんきゅう:ほんとに気持ち悪い(誉め言葉)。プロ意外の作品読んで「ほんと気持ち悪いな」って思ったのは初めてでした。

夜の海に取り残されてしまったので:最高のタイトル堂々第一位……ほんとうにいい。ほんとうにすごくいいタイトル。タイトルがいい小説はぜんぶいい。綺麗で、透明で、でもしっかり怖い。とっても大好きな作品です。本当に余談でしかありませんが、この作品が良すぎて良すぎて、人生で初めて背景あり+人体のデジタルイラストをファンアートとして描きました。今年になってからそこそこ絵を描いているのは、あの時死ぬ思いで一枚描きあげたからだよなあと本当に切にそう思います。(余談すぎる)

物分かりのいい人:33話も書いていると、この話誰が読むんだろう? とあの闇が何度も襲ってまいりまして……でも、一緒に書いてるtamaさんとmaruyaさんは少なくとも読むんだよなあ、と思い、せめてどちらかに刺さる話をと思ってtamaさんのことだけを考えて書きましたが、どのぐらい気に入って頂けたのかはよくわかりません。

水揚げの魔法:切り花って、首のようでもあるし、腕のようでもあるよなとよく思っていました。

つながる電話:え!?なに?なにが起きてるの!?と大騒ぎした作品。maruyaさんの記事で解説されてると思うので是非チェックください。

あの子はだあれ:夜に突然襲ってくる化物とか、首の取れた人間とか、そういうものって、とても怖いですよね。でも、怖いものを見たはずなのにそれを覚えていられないとか、あきらかに人間ではないものがいることを皆受け入れているのに平然としているとか、そういうのも結構”怖い”んじゃないでしょうか。と、恐ろしさのバリエーションを広げるために書きました。

ゾウヘイキョク当番:こ、怖すぎない……? と思いました。

ガッコウノカイダン:な、なんと二階と藤田を出していただいております!わたし、結構この作品が「一番怖かった」かもしれなくて、読んでいて一番痛切で恐ろしくてなんだか泣きたくなっちゃったのはこの作品でした。

棒の手紙:もー怖いよこれー。と呻きながら読んだ。深夜4時ぐらいのとっても頭の働いていないなかで読むと本気で怖かったです。

ピクトグラフ:シュールレアリスムみたいなものを書きたいと思いました。すこし数学的な作品というか、記号的な要素のある物語というか。

月のない夜に:たまさんもこういうの書かれるんだ!とウキウキしてしまった作品です。たまさん作としては最後に置かせていただきました。エピローグみたいで素敵ですよね。これ公式アート来ないですか?

名乗り:がんばりました。一カ月ぐらいかけました。

ものかきといふばけもの:もー、ここにきてこんなの書いちゃうの? ほんとうに天才です。こういう独白のような忠告のような物語が大好きです。

100話目:三つぐらい案を出して、お二人にどれがいいか選んでもらいました。

 

 

 

最後に

 

話順については、エモシリーズ、(あくまでも文体が)カジュアルシリーズ、食べ物シリーズ、場所シリーズ、とかとか、シリーズごとに固めたり、お話同士の要素の繋がりを考慮して順番を決めました。

 

最初から順に読める方は最初から、もしくは目次を見て気になるお話をつまみ食いにて、どうぞお楽しみいただけたらと思います。

 

 

 

*元々、maruyaさんが「担当の33作分の解説記事書く」「ついでだから99話分の感想も書く」っておっしゃってたので便乗した記事でした。パクリ先のほうが先に世に出てしまった。maruyaさんの記事も楽しみにお待ちしております。

青空文庫の人気ランキングを上から順に読んでいく

※こんなことを夏休みやろうとしていたみたいなんですが、たぶん数日でやめてます。挫折(というか中断というか放り投げというか)の記録をここに残しておきます。

 

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夏休みの宿題をやりたいが、大人になってしまったせいで宿題を出してくれる人が一人もいない。仕方ないので自分で自分に出すことにしました。

 

宿題:青空文庫の人気ランキングを上から順に読んでいき感想を書く

 

・基本的には上から全部読む

・ただし、長編&読んだことある&内容かなり覚えてるものはスキップOK

・読まなかった場合も一応感想は書くこと

・内容忘れてる場合は既読でももう一度読むこと

 

 

始めます。

 

 

 

1位:アメニモマケズカゼニモマケズ

 

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何故これが一位なのだろうか。「雨にも負けず風にも負けず……次何に負けないんだっけ?」って思い出したくなって検索する人が多いのかもしれない。

 

そういえば最初にこの詩を読んだときは「ふーん、この著者の時代にはひらがなを使わずカタカナを利用するものだったのだな」とか思ったものだったんですが、宮沢賢治って他の作品では普通にひらがな使ってるしそんなわけなかったなあと思い直した。でも調べてみたところ、やっぱりカタカナのほうが先に習う文字だったり簡易な文字とされていた(カタカナ+漢字で文字を書くことが特に男性は多かった)というような時代背景はあるようだ。

 

この詩と同じようなことって子どものころには一度は思うような気がする。空気のような人になりたいというか、別に感謝されたいわけじゃないんだけど、いなくなったら突然困って皆が気付いて慌ててくれるような人になりたいということ。ごんぎつねになりたいというか、自己犠牲精神というか。一種のヒーロー願望でもある。

 

そして最後のナムナム念仏が怖い。いったいどういう心境の詩なんだ、と今さらながらに調べてみたら、結構精神的に追い込まれていた死の直前に、(作品としてではなく)自分の手帳に書きつけていた自分に向けてのメモのようなものだったらしい。となると念仏と前半の詩は繋がっているのかどうかすら怪しいじゃないかと思ったりもする。(手帳の日記の続きに、そのままの流れでなんとなくまったく関係ない雑学メモを残したりとかみんなしますよね)

 

たまに、道徳や良心というのはいったいどうやって無垢なる人に教え込めるものなのかなあ、と思ったりすることがある。人を助けましょう、優しくしてあげましょう、誰かを差別してはいけません、寛容の心を持ちましょう。全部正しいと思うけど、でも、なんでそうするの? って聞かれたときに、実はわたしは答えられない。「そうするほうがいいから」という理由しかなくて、しかもその「いい」って言葉も、誰にとっていいことなのか、なにがどうあっていいことなのか、ひとつも説明できないでいる。だからこの詩が、無垢なる誰かのこころを動かしてその土壌の奥深くに、道徳の種をむりやり埋めてくれたらありがたいと思う。

 

 

2位:山月記

www.satokazzz.com

 

 

ぼくは今まで「李徴」を「りび」と呼んでいたことをここに告白したいと思う。

 

ほんとは自分の人生やってかなきゃいけないところ、かわいそうに虎になれたおかげで、罪悪感なく現実を棄てることができた人。実はこの虎のことがすこし羨ましい。

 

ところで、「自分が価値がある人間だということは、実は自分だけが知っていればいいことだ」という価値観をわたしは持っている。自分がいい人間であること、なんらかの才能を持っていること、愛を知っていること、仕事ができること、そういうのは自分だけが知っていればいいことで、「自分という人間には価値がある」ということは、自分がよくよく理解できていれば他者に知らせる必要など全くないことだ。誰にとっても自分自身の価値がいちばん大切なので、それを他者に知らせようとしてなんらかの摩擦を生みかえって自分が傷ついたり、あるいは他人の自認の自己価値というものを損なわせてしまったりすることがあるが、そういうのは本当に何の意味もないただの事故であり、本当は各個人個人が「自分には価値がある」と信じていられるのであれば、それを互いに知らせ合う必要はそんなにない。まあ、だが、そうはならない。

 

あまりに現実的な描写をすると伝わらなくなってしまうことを、「虎になる」という大胆なファンタジー通してうまいこと読者に丸呑みさせる良い小説だと思います。短いし、知らない単語多い割には意味が掴めて読みやすいし。

 

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三位のこころと四位の羅生門までは実は読んだ&書いたはずだったんですが、多分保存ボタンを押していなかったせいでデータが飛んでるっぽいです。(というか二位の山月記も、もうちょっと何か書いてあった気もするのだよな)

 

いまさら書き直す気力もないので、一旦このままで。

20220808

 

3日目:今日は映画を見た。

 

ピングドラム後編映画のチケットを取った。映画を見に行かねばならぬならぬと思いながらものびのびになっていたので、チケットをとっとと取った。席はすでにまばらに埋まっていたが、中ほどばかり埋まっており、実はそのシアターは後ろが一番見やすいと知っているわたしはしめしめと良席を確保した(このシアターは左右の中央もどこなのか分かりづらく、適当に番号の中央を取ると結構右に寄ってしまうというトラップもある)

 

17時頃のチケットが取れたので、昼はどこかに行きたいと思ったが、17時には池袋に戻っていなくてはならないのでそんなに遠出もできない。そういえば池袋ってミュージアムとかあるんだっけ、と検索したら、「ミュージアム」というより「ギャラリー」って感じの場所をいくつか見つけた。そのうち一つに足を運んでみることにした。

 

…………と、ここまで予定を決めたのはよかったが全然布団から出る気にならず、ごろごろしたままに漫画アプリで「薬屋のひとりごと」をチケット課金してまで読み進めてしまい、まあそれはそれで面白かったんだけど(ぜんぜんなろう系じゃなくてびっくりした。古の中華後宮もの+お仕事ものって感じ)、とにかく頑張って家を出るために化粧を始めた。

 

アイラインペンシルとアイブロウを間違えるというお茶目な化粧(一瞬顔が両津勘吉になった)が終わった後に服を選んでいたら、なかなかいい服の組み合わせを見つけてしまったりして、近所のギャラリー+映画館程度の外出じゃもったいないなこれと思って明日にまわすことにした。明日は日帰り小旅行に行こうとおもっているんです。

 

ちょっと散歩するもののそんなに歩き詰めでない一日になることが予想されていたので、初めて履くヒールの低いパンプスを選んで外に出た。ギャラリーは住宅街の中にあったので、色んな民家を眺めながら散歩しつつ向かうことができた。日本の民家がなぜか(見るのが)好きなんですが、一体なんなんだろうな。ひょっとしたら建築物とか実は好きなのかもしれない。

 

ギャラリーは残念ながら肌に合わなかった。ギャラリー+本屋ということだったのでまあ最悪本でも見ればいいだろうと思っていたんだけど、半分以上外国語の本だったり(どれほどおしゃれでも読めない本は買わない主義)、選書もピンとくるものがなく、ギャラリーの絵は美しくはあったが趣味に合うわけでもなく、そそくさと出てきてしまった。まあでも個人がやっているギャラリーなんて、ぴったんこカンカンに好み直球で「わたしのためにあるかのような場所!」と舞い上がれるか、なんとなくオシャレな空気だけ味わって帰ってくるか、今回のようにウーンという鳴き声だけ残してくるか、の三択のような気がしていて、まあ、満足度にブレがあるのはしょうがないんだと思う。人によって好きだったり好きじゃなかったりするものだからこそ、小さいギャラリーがたくさんあるような文化っていいですよね。

 

途中で適当に純喫茶に入り、本を読み、時間に慌てたりしながら、次は映画館へ。映画館のCMって年々長くなっているような気がするんだけれど、どうしてなんだろう。ところで次シーズンの映画の予告をやってくれるのはもちろん嬉しいものの、今やってる映画の予告をやるのとかってだめなんでしょうか。予告をたくさん見ると映画を見たくはなるんだけれど、どれも数カ月~1年先の映画だったりするのでその熱をすぐ発散できないんだよなあ。

 

映画は文句なしにすばらしかった。ちょっと疲れてたので途中眠かったけど、いや、結構消化感のある映画だったけど、でも大好きなアニメの総集編の映画ってそんなものじゃないですか。ちょっと足された新要素に喜んだり、初見の時に感動を思い出したり、その頃自分が好きだったもののこととか思い出しながら見ました。とても良かったですし、今後もピングドラムは大切な作品であり続けることかと思います。

 

 

その後、ポケモンセンターモンスターボールを3つ買いに行った。今度シーパラポケモンコラボに行くので。みんなでボール持って写真取れたらいいなあと思って……。ポケセンへ向かっている道中、そういえば何時までやってるんだっけ? って検索したら閉店10分前であることが分かり、履き慣れないパンプスで走りました。どのボールにしようかな~なんて迷う間もなく三つ抱えてレジに並んだら、お姉さんに「お目当ての子がいましたか?」って聞かれてはじめてそのボールの中にポケモンのぬいぐるみがブラインド式で入っているらしいことを知る。「ええ、まあ……」って適当に答えたら「どの子が欲しいんですか?」って聞かれ、まあ適当にピカチュウ(なら入ってるだろ)って答えようかと思いつつ一応タグをちらっと見たら全然ピカチュウいなかった。あぶなかったです。ヒバニーって答えたら、優しいお姉さんはヒバニーが出るようにお祈りまでしてくれました。ありがとうございます。ぼくもなんだかヒバニーが欲しくなってきました。

 

帰ってからはちょっとユナイトして、……あれその後何してたんだっけ!? ってiPhoneのスクリーンタイムで調べてみたらはてなブックマークを読んでいたらしい。どうせ大した情報なんてないのに読んでしまう。あとは夜寝る前にすこし仕事確認しました。

 

明日は諸橋美術館(福島のダリ美術館)に行きたいと思っていて、所要時間とか行き方とかを調べていたら個人の人のブログにいくつか辿り着いた。なんか、「その人が好きなもの」についてつらつら書かれた個人のブログってすごいいいなあと思ったりした。

 

リンクフリーなのかどうか全然知らんけどいくつか勝手にリンクを貼ってこのブログを終わりにしたいと思います。

 

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dali.world

 

ドメインからしてダリ大好きなことが伝わってくる。ダリの顔がめちゃくちゃ良いこととか、書いてある内容がとても共感できる。以下はとても好きな一文です。

子供に「ダリ」と名前をつけようとしたら、誰にも賛成してもらえなかったためやめました。とめてくれてありがとう。

 

xayataka.hatenablog.com

 

「誰かの役に立ちそうだと思ったことを自由に書くブログです」の通り、旅行ネタや靴の直し方やちょっと悪質そうな不動産屋への対抗方法など、ほんとうに様々なことが書かれていたブログ。美術展のブログ中心にいろいろ読ませていただきました。

 

 

 

blog.kyanny.me

 

そんなこんなで個人ブログを結構読んだ後にこの記事をホットエントリで見かけて読んだ。わかる。TwitterFacebookも好きだけど、Web日記としかいいようがないこういう文章も大好き。はてなブログの読者機能とかもうちょっと使ってみると、いっぱいいい書き手に出会えるかもしれないな。

 

 

 

 

とかとかやっていたら眠くなってきたので眠ります。二日連続で小説書いてないけど、まあいいか。おやすみなさい。

 

 

 

20220807

 

2日目:科博に行ったのと、おうちでオンラインリアル脱出ゲームをやりました。

 

あさ10時頃に起きて布団のなかで芋虫さながらもぞもぞTwitterで時間を殺していたら、「who are we」という国立科学博物館の特別展示を見つけた。

 

 

かわいい。

 

剥製が好き。いつか暖炉のあるリビングを家に作ることができたら、暖炉の上に羊か鹿かの剥製を飾りたいと思っている。鳥の剥製もいつか欲しい。「ひきだしを開き締めする」という仕掛けも面白そうだなあと思って出かけてみた。ついでに特別展の「化石発掘ハンター」も見にいった。恐竜を好きそうな子供たちが親御さんときゃっきゃと化石の模型を見ていた。

 

「化石発掘ハンター」のほうは、人類の起源がはたしてアフリカにあるのかアジアにあるのか……みたいな、今までの人生で一度も考えたことがないような疑問がテーマとして取り上げられていた。考えるまでもなくかってにアフリカの猿が人間になってそこから歩いて地球中に広がっていたものだとばかり思っておりました。

 

ところでもしアフリカが人類の起源で、そこから離れるにしたがって人間の顔付きとかが少しずつ変化していったのだとすると、現在アフリカ系の人がヨーロッパで暮らした時に何千世代か過ぎると今のヨーロッパの人々に似た顔つきや肌色になるのだろうか、それとも、はたして? みたいなことは考えたことがあった。そもそも起源がアフリカなのかどうかというところで争っているものだとは思ってもみなかった。

 

「化石発掘ハンター」展は特別展示ではあったが、あまり研究者の説の理由や学説の移り変わりとかの詳細がいまいち書かれていなくて、化石の小ネタみたいなものがちょこちょこ書かれているような感じだった。化石や剥製や標本がどーんと置いてあるし、通路は広いし文字も大きいので、あんまり化石に興味がなくてもとりあえず快適に見れる感じでまあよかったともいえる。

 

常設のほうに移動して、「who are we」展へ。こちらは常設の一部屋がこじんまりとした特別展になっているもの。おしゃれな剥製たちと、その横に置かれた巨大な直方体。直方体にはよく見るとでっぱりがあって、それを引き出すと動物の生態や骨格だったり進化に関連した知識がシンプルに説明されている。「ひきだしたあとは必ず閉じてくださいね」と入場時に言われたものの、どうせ一人ひとり開け閉めするなら(感染対策という観点でも)開けっ放しのほうがいいんじゃないの、とか思っちゃってたんだけど、実際ひきだしをあけるときのわくわく感は結構上質な感覚で、後ろの人のためにちゃんと閉めようって気分になった。博物館って、自分の中にある好奇心を再発見するために行くようなところでもあって、そういう意味ではこの展示のように自分の好奇心を「行動」で可視化させてくれる取り組みはすごくいいと思った。

 

国立科学博物館には何度も来ていたので常設展はそんなに見なくてもいいかな、夏休みで人多いし、と思いつつも一応日本館をちょっとだけ回る。とっくに見たと思っていたはずの展示だったんだけどなんか記憶がなくて、もしかしたらわたしは日本館を初めてまわったのかもしれない。いつかもうちょっとゆっくり見回ってみたいものです。

 

上野でパエリアを食べて、家に帰ったあとはオンラインリアル脱出ゲームをやった。オンラインなのかリアル(≒オフライン)なのかどっちなんだよ、って感じの名前だけど、「リアル脱出ゲーム」の「オンライン版」ですよ、という意味合いの名付けらしい。

 

今回は「封鎖された人狼村からの脱出」というのをやった。

(今他のゲーム一覧もまとめてみて知ったけど、「封鎖された人狼村からの脱出リメイク」というのもあったらしい。どうやらキャストが豪華になったようだ)

 

realdgame.jp

 

謎はシンプルで簡単なんだけど、動画を見ながら進める形式で、長いものだと20分ぐらいする動画もあったりするので結構長く遊べた。謎が結構簡単めなので友達と通話繋いでやるぐらいが楽しいかもしれない。個人的には、小さい謎いろいろ解くだけじゃなくて最終問題の応用性が結構好きだったりもしているので、そのへんの捻りがもっともっとたくさんある作品だったらよかったのになあという感じ。でも面白かったです。

 

 

そこから一回だけユナイトして、その後ほんとうは小説を書いたり絵を描いたりせねばと思っていたんですがやらずにいま深夜2時を迎えました。なにをしているんだ。小説だけでも書いてからねようかな、ここ最近、眠くてもあんまり気持ち悪い感じがしない(ただただねむいな~って頭がぼーっとするだけ)になってきて、長く起きるのが楽になってきました。楽というのかな、苦痛はともなわない感じというか。

 

明日は美術館に行くか、本を読み終えるか、まあとかくも出かけたいなあとは思っています。映画見に行くのもいいかなあ。

 

 

 

20220806

 

1日目:毎日ブログでも書きます。

 

今日からしばらく夏休みなので、なにか毎日ひとつずつでも有意義なことができればいいなと思っています。そういう決断をしたことがある人自体って多いと思うんですが、実際にやりおおせたことがある人ってどのぐらいいますか? わたしは自分自身が成し遂げた経験があるのかないのかすらよく分からず、でも成功体験があったらきっと覚えていそうな気もするので、まあたぶん、ないんでしょうね。

 

 

です・ますだと書くのがたいへんなので、ここで、だ・であるに変更します。

 

 

昨日、「メルロ=ポンティ入門」という本を読んだ。職場近くの図書館で借りたその本は、昨日が貸し出し期限日だった。読み終えるまで帰らないぞと強い思いでオフィス下の硬いベンチに座ったが、あまりの硬さにニ十分もしないうちに尻が悲鳴をあげ、これならオフィスのボックス席でこっそり読書でもしておくんだったと後悔した。とはいえお腹もすいていたしオフィスに戻るのもなんだなあと思ったので、冷たいベンチとおさらばして喫茶店に入りトーストをほおばりながら半分ほど残った本の続きにとりかかったが、なにせ哲学の入門書なのでねむくて仕方ない。でも前々から読み終えるぞと決めていた本なので、残り三割というところでギブアップするのももったいない気がして、睡魔と闘いながら本を読んだ。なんだか瞬間的、短期的には辛いことをしているような感じに見えてはしまうんだけれど、一応読書をするのは好きだ。めちゃくちゃ眠いと思いながらなんとか読み終えた本を返却ポストに入れた時には充実感があったが、なにせ眠かったので本の内容は正直なところ3分の1も理解できていなかった。

 

哲学書に関しては、ちくま新書のことをかなり信じている。哲学者ひとりひとりの性格まで表現された、親しみやすく分かりやすい入門書をちくま新書は結構たくさん出してくれている気がしていて、レーベル全体に対するぼんやりとした信頼感がある。メルロ=ポンティのことについては正直まったく理解が深まらなかったが、本のなかで出てきた著者本人の人生のエピソードはかなり心に残っていた。エッセイ風に書かれた文章もこなれていて、この人のブログがあったら是非読みたいと思い、著者名で検索した。御年七十歳だった。さすがにブログはないかなあと思って検索したら、HTMLで作られたウェブサイトを発見した。「HTMLで作られた」って、いやそれ当たり前じゃんって話かもしれないけど、本当に手で手作りでタグ打ちしたって感じのサイトだったんです。日記コーナーのようなものもあったけど、それも本ブログみたいなありもののサービスを使ったものじゃなくて、手作りだった。ブログは元々「ウェブログ」の略なんだけど、その日記もまさにウェブ上に残された記録って感じで、手作りのホームページ文化を思い出して懐かしくなったりした。

「主要業績」の欄は5年前の日付で止まっていて、多分65歳で定年退職したんだろうな、という感じがした。ガンになったり、本を出したり、色んなことがあったらしい。著者の他の本を見ると、闘病の際の思いを込めたであろう「死の哲学」に関する本もあった。よりエッセイ的な趣がありそうだと思って是非読みたくなった。

 

 

……とある作品を読んだときに、その作者に好意が向かってしまうということ。小説等だとよくあることのような気もするけれど、哲学者にとって「著者への好意」はどのような受け止められ方をするのだろう。

 

この書き手さん好きだな、と思える人が何人かいる。その人たちは小説家でもエッセイストでもなくて、だから「作品」として文章を世に出しているわけではない。でもその人の書く文章があまりに心地良くて、より「その人らしさ」が見えるような題材を選んだ文章は他にないだろうか、と調べてしまう。本編とは違う部分について興味をもたれているということになるのだから、やはり不本意かもしれない。

 

「小説家」ではないが好きな書き手、といえば一番最初にあがるのは翻訳家の金原瑞人で、彼の訳したサマセット・モームの「月と六ペンス」を初めて読んだ時、サマセット・モームが天才であることは明らかだが、その天才性をここまで日本語に美しく写像してみせた翻訳家に宿った才能のほうもいかほどのものだろうと、グーグル検索でモームの名前よりも先に「金原瑞人」と検索した。今まで意識していなかっただけで、わたしの好きな作品をいくつも訳している人だった。

 

幸運にも金原瑞人はブログを頻繁に更新しているしエッセイ本も出している。たまにネット講義もやってくれるし、イベントにも登壇するから直接話を聞ける機会もある。わたしが翻訳に関する小説を書き始めたのと彼に興味を持ったのとどちらが早かったかもう覚えていないんだけれど、「翻訳」という行為がどういうものなのか、「言葉」というものがどういうものなのか、そういうことについて考えを深めるのに、彼の書いた文章たちは本当に役に立った。役に立った、とかいうと偉そうですが。大変面白く読ませていただきました。

 

金原瑞人はどこかの大学の教員なので、公開授業とかの機会がないかとたまにウェブサイトを見たりしている。大学の公開講義って行ってみると初心者向けにいろいろ楽しく教えてくれて結構スナック教養的な楽しみがあり、コロナ前はたまに出かけていた。大学にそういう「公開授業」という取り組みがあると知ったのはコロナ直前1年前ぐらいで、登壇者を頼まれたからだった。正規の先生がやらないと意味ないんじゃないの、と思ったりもしたが、「広く地域の皆様に、大学の活動や学習に興味をもってもらい、生涯学習の手助けをすること」が目的であるということなので、必ずしも大学の先生がそのままいつもと同じ授業をするのが大事ってわけじゃない、ということらしい。どんな人が来るのか分からずひやひやしたりしたんだけど、みんな新しいことを学ぶのが好きって感じの方々で面白かった。もうちょっと早く知っていたら、色んな授業に行けたかもなあと思ったりもするんだけど、Zoom参加のものも結構あるので全国どの大学の公開授業聞けるって思うと今のほうがいいのかも。

 

話が逸れに逸れた。最近は聞き流しでYoutubeの哲学や心理学や歴史などの文系コンテンツを聞きながら眠ったりしている。あとは法務系の資格の勉強もしたりとか。結局知識を詰め込んだりテストの問題を解いたりするのが好きだってことなんだろう。資格試験は面白いから、また他にも探してみたい。

 

学生の頃は理系の教科ばかり大好きで、文系に進む道なんて見えてもいなかったけど、実は全教科のなかで一番安定して成績がよかったのは国語だったんだよなあ。漢字の書き取りは苦手でしたが、あんなの3問ぐらいしか出ないし。

 

 

好きなものが増えていくのは楽しい。あ、こんなことにも興味あったんだ、って自分のなかにある意外なものを発見したりするようなこと。あと、ただ楽しいことももちろん好きだけど、資格勉強したり何かを考えたり難しいことを理解しようとしたり、そういうちょっとした苦みも楽しめるようになってきたというか。小説や絵や歌が教えてくれたことかもしれない。試行錯誤して苦しんでやってるんだけど、まあ、続けていくし、別にいやいややっているわけではないし、面白いよ、ってこと。

 

 

 

 

こういう、読みづらくて楽しくなくてただ自分の感情と記録だけをとどめておくような文章ってどうなんでしょうね。瞬間的な喜びや悲しみとかは別の媒体でスナップショットみたいに記録しているからこそ、ここではこういう冗長でコンテンツ性のない記事が増えてしまっているような気がしてる。でも、五年後のわたしとか、十年後のわたしは、多分このブログを読んで喜ぶと思う。昔の自分がどんなことを考えていたのかって、未来の自分からしたら結構面白いことだったりするから。

 

 

というわけで、夏休み1日目でした。今日やったことは全然書いていなかった気がするけど、ジュラシックワールドを見たり、「ポケモンの神話学」を読んだり、ユナイトしたりしてました。ハンバーグを食べました。映画館はワンピースの映画公開初日でかなり混んでいた。これから小説を書く。