※本記事は、オススメの十冊 Advent Calendar 2025 - Adventarの12月18日分の記事になります。
はじめに
毎年、「YYYY年に読んだ本の話」というブログ記事を書いています。新年明けた後で「去年読んだ本ってこうでさあ」ということをつらつら書くもので、惰性のように続けており、そしてその記事の最後はいつも「今年の時点で最も良いと思う本10冊」のタイトルを挙げて終えています。今年はこの取り組みをアドベントカレンダーの企画にできないかなと思い、他23人の方にもご参加いただけることになりました。あらためて、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました!
なお去年の記事、2024年に読んだ本の話 - @particle30 はこちらです。
今年も十冊、挙げていきます。
「プロジェクト・ヘイル・メアリ―」
さすがに今年一番面白かったと言わざるを得ないと思う。めちゃくちゃよかった。それ以外のことをあまり書くつもりがないが、とにかく愛に溢れて、面白くて、くだらなくて、そしてぎゅっと泣きたくなる話だった。
数年前に「こんなにわくわくする読書はもう最後だと思う」ととある本の感想記事に書きました。
ハリーポッターの外伝最終巻、「呪いの子」を読んだときに、あまりに面白くて、心がワクワクして、ひょっとしたらこんなに面白い読書はもう最後かもしれない、と思いました。いや、もう1回あるとしたら十二国記の最終巻だけかも、と。
面白い小説は、今までも明日からも、ずーっと刊行され続けてきたのでしょうけれども、これほどに冒険心をくすぐり、わくわくさせ、高揚させてくれるのは、やっぱり「小さいころに好きだった本」だけだなと思います。面白い本はきっとこれからもあるけれど、レジに本を差し出しながら、ちょっと泣きたくなるぐらい嬉しい気持ちになるのは、十二国記が最後です。
たしかに、レジに持っていく時に泣きたくなるのは、今のところ十二国記が最後。でも、まるで遊園地にいるみたいに心の底からワクワクする読書体験を、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は久々に与えてくれました。
「人間の絆」サマセット・モーム
「世界十大小説」をご存じでしょうか。ある意味このアドベントカレンダーの元ネタであると言えなくもないもので、その「世界十大小説」の提唱者がまさにこの本の作者であるサマセット・モームです。モームが選んだ「十大小説」は「嵐が丘」とか「白鯨」とか本当にそうそうたる本が並んでいますが、どれも広くとれば「エンタメ小説」。「小説は楽しくなければならない」というのがサマセット・モームの考えで、彼自身の小説も「最上の通俗小説」として知られています。
この「人間の絆」も、モームらしい冷淡で読みやすい文章と、淡々と続きながらも手触りのある人生がとても面白く描かれている。プロポーズを断られたあとに、「でしょうね」って笑い飛ばす主人公の男が大好き。主人公・フィリップは非常に湿度の高い人間なのに、「紳士である」がゆえか、他人に気を遣わることを恐れているかのような繊細さと激しさがある。よい人間であることから抜け出せず、かといってそれだけではない不思議な大胆さを持っている。ほんとうによかった。
訳者は金原瑞人。そこもいい。本当に美しい訳文でした。
「高慢と偏見」ジェイン・オースティン
先ほど出てきた「世界十大小説」の中の一つ、「高慢と偏見」。
これまで読んだ恋愛小説の中で一番好きです。サムセット・モームの出した「小説は面白くなければならない」の条件を、悠々とクリアしています。
とある村で、姉妹の中で一番の美人という訳ではない少女と、たいへんお金持ちだけど性格の悪い青年とが出会う。最初の第一印象はお互い最悪だったのにも関わらず、ひょんなタイミングで男が女の方を好きになり、そして――というシンプルなあらすじなのに、めちゃくちゃ面白い。元祖スパダリものだと思うのですが、21世紀の人間が読んでも普通にドキドキできるのが凄い。1813年発行の小説とのことです。映画化・舞台化もたくさんされている、女性におすすめしやすい一冊です。結婚したくなります。
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」ブレイディみかこ
海外で育ったことのある子どもなら誰でも共感できる――等と書こうとして、「いや、違うな」と思う。私が「海外」という時、結局自分にとっての「海外」ばかり考えてしまっている。アジアだったり途上国だったりする可能性はあまり考えない。目榎さんって子どもの頃海外にいたんですってね、実は僕もなんですよ、みたいな声かけをされたとき、その人がいた国はきっと北米かヨーロッパだろうと勝手に考えてしまう自分に気が付く。そういう、人間の偏見、思い込み、それらが引き起こす善意あるいは悪意の行動や様式。そしてそれが、著者の一人息子である中学生の男の子の視点を濾過して読者に示される。
色んなバックグラウンドを持つ人が一緒に生きていくことは、複雑で、ややこしくて、気を遣う。それで正しい、と今はそう思う。
「去年を待ちながら」フィリップ・K・ディック
見てください、フィリップ・K・ディック的な表紙ですよね。フィリップ・K・ディックです。
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」とどっちを選択すべきかすごく悩んだのですが、今年の気分としてはこちら。
人生を進めていく中で時折自分のなかで呟きなおす言葉というものがいくつかあるのですが、そのうちの一つはこの本から貰ったものです。
主人公は優秀で(多分)美しい男なのですが、美人ではあるもののかなりとんでもない性格の女を妻にしてしまっており、そのせいで人生が本格的に破綻しています。この話のメインストーリーは全く別の時間巻き戻り系の複雑な軸の中で織り成される別件の問題解決なのですが、その狭間に「この酷い妻と今後も生きていくこと」の辛さがたびたび差し込まれる。その結果、最後に主人公が下す決断と、AIタクシーの言葉に救われ続けています。
曰く――自分の人生の条件を変えようとするということは、『こうした現実に耐えられないって言っているのと同じなんです。』『自分だけもっと楽な別の条件が無ければ生きていけないって言うのと等しいことなんです』。この小説以後、私は自分の人生に与えられた初期設定を、『難易度設定』なんだと思えるようになりました。だから今さら、それを『イージー』に変えて貰えませんか、と神さまにお願いしたくなることはもう多分ないだろう、と。
「ナイン・ストーリーズ」サリンジャー
「ライ麦畑でつかまえて」のサリンジャーの短編集。「ナイン・ストーリーズ」というその名の通り、九つ短編が入っています。ここでは収録作のうちの一つ、「エズミに捧ぐ」について書きます。
「一番好きな小説はなに?」「一番心を揺さぶられた小説は?」そんな風に聞かれても、多分聞かれたタイミングによって答えは結構揺らぐんじゃないかなと思う。でも「一番好きな『短編』小説は?」「一番心を揺さぶられた『短編』小説は?」と聞かれたら、この「エズミに捧ぐ」に勝てるものは今までの私の人生では登場してこなかった。
たとえば仕事中にプリンタの前でため息をつきながら印刷を待っている瞬間、とつぜん眼球の奥から眠気が襲ってきたとき、この小説のラスト一文がナレーションみたいに頭のなかで響く。大人になると、プリンタの前での待ち時間ぐらいしか1日のなかで自分でいられる時間がないような気分になるときがある。空き時間がなくて、常にやることがあって、待ち時間もつねに頭を動かしていなくてはならなくて、ただ、ほっと一息つけるとしたら、自動ホチキス止めのプリンタが何十部もの資料をガチャガチャと押し止めている間だけ。
そういうときに、あのセリフが頭に浮かんでくる。『ほんとうの眠気を感じる人間は、あらゆる機能が無傷のままの人間に戻る可能性を、かならず持っているからね』今眠たいのなら、私はまだ大丈夫、無傷のままの人間に戻る可能性を、必ず持っている。
なお、多分九つの収録作の中で現代において一番有名なのは「笑い男」だと思います。
「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ
ノーベル賞作家。この方の作品は「わたしたちが孤児だったころ」「日の名残り」「クララとお日さま」もとても好きなんですが、今年はこちらの気分。
魂はだれにも奪うことができない――と言うことができるといいんだけれど、そうではない気がする。たとえ命を奪われてしまっても、尊厳や自由は心のなかにあるから誰にも奪われない――と言いきれたらいいんだけれど、やっぱり、現実はそうではない気がする。悲惨な話なのに楽観的で、苦しい話なのに救いがあるような気がして、でもその全てが幻想であったような気がする。
「愛はそんなにも簡単なものですか」と、作中の、敵みたいなそうでもなさそうなやっぱり味方のような大ボスのような救い主のような、よくわからない人(既読の方向け:マダムのことです)が出てくるのですが、読み終えて本を閉じる時、「愛って簡単だよな」と思った。愛は持っている人間からするととても簡単なもので、魂も命も、持っている人間側からすると「それがある」ことに疑いなど生じようはずもない。愛も同じく。
何の話かよく分からないと思うので、よかったら読んでみてください。
「死に至る病」キルケゴール
死に至る病とは、絶望のことである。
へえ、いいこと言うじゃん、という気がして手に取った。希望の持ち方でも教えてくれるのかと思ったからだ。全く違った。むしろ最終的にはこの本は絶望の信奉者が人々を絶望させるために書いた布教のための本なのではないかと思うようになった。
この本を読んで「えっもしかして哲学って面白いんじゃないか?」と思い、色んな本を読んでみると「えっもしかして文系の学問ってめちゃくちゃ面白いことしてたんじゃないか!?」と気づいた。実は正直、文系の学問ってどんな感じなんだろうなーということが分からないまま大人になっておりました。
ただこの「死に至る病」という本自体がおすすめかというとまったくそんなことはない。というかすごく難しかった。『関係に関係する関係』とか意味不明すぎて、原書読めば多少理解の助けになるのではと思ったら原書がそもそもデンマーク語で、読めるはずもなく撃沈し頑張って日本語で読みました。これ以後は哲学者の本に直接手を出すことはやめて入門者向けの本や解説書などを読むようになり、そうしたらめちゃくちゃ分かりやすかった。まあでも何はともあれ、最初に私を鍛えてくれた本というか、ものすごく印象深い一冊です。読書スキルが少し上がったような気がする。無理する読書も大事ですね。
「僕の知っていたサン=テグジュペリ」レオン・ウェルト
「星の王子さま」という有名な児童小説を書いたサン=テグジュペリは、その本の一行目で、献辞を「レオン・ウェルト」という友人に捧げている。そう、その、大親友レオン・ウェルトが、サン=テグジュペリの死後に彼を思って書いた本がこれです。
本当にとても品格ある文章で、こんなものを書く人が「サン=テグジュペリの友人」という立場でしか知られていないとは勿体ないことだな、と思った。『死んで価値が出る人間はたくさんいるが、君は君の死よりも価値がある』とか『憐みは責任の拒否に過ぎない』とか『その人の一部分がわが友ではないような人間はこの世に一人もいない』とか。
サン=テグジュペリという人のことが本当に好きだったんだろうな、またサン=テグジュペリもレオン・ウェルトのことが本当に好きだったんだろうな、ということがよく分かる一冊です。自分のことを分かってくれる人がこの世にたった一人でもいるだけで、人生の難易度は大きく下がる。
「魔性の子」小野不由美
十二国記シリーズ第0巻です。周囲からどうしても浮いてしまう男子高校生と、その境遇に共感する教育実習生。詳細はもはや説明不要かと思うほど有名な一冊ですが、私はこの本のことを、十二国記と完全に切り離した状態でも物凄く良い本だと思っています。何度も読み返したし、これは自分の話だと思った。そういう意味で、なんだかブログで三行で解説できるかというと逆に難しくてできない感じの本です。
数行では感想を言えないけれど、でも、「自分が特別であること」にもっと違う方向で寄り添った作品をいつか書きたいと思い続け、その結果生まれたのが自作「キス・ディオールシリーズ」になります。多分表面的なところもストーリーもキャラ構成もほんとうにどこをリスペクトしてるねんという感じで特に似てはいないんですけど、自分の中では心の中にある泉がどこか繋がっているような気持ちに勝手になっている、大切な一冊です。
(ついで)今年読んだ本の中での10冊
その他、今年読んだ本の中で10冊決めるのであれば、以下になります。
・「プロジェクト・ヘイル・メアリー」アンディ・ウィアー
・「殺人出産」村田沙耶香
・「ババヤガの夜」王谷晶
・「殺戮に至る病」我孫子武丸
・「体育館の殺人」青崎 有吾
・「叙述トリック短編集」似鳥鶏
・「赤と青のガウン オックスフォード留学記」彬子女王
・「美女のたしなみ」大久保佳代子
・「未来のだるまちゃんへ」かこさとし
・「走る道化、浮かぶ日常」九月
・「ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の論理」デヴィッド・グレーバー
そう、いつもは2025年に読んだ本の感想を全部書いてから、最後に「今までの人生の中で選ぶ十冊」を掲載しているのですが、さすがにアドベントカレンダーの記事でそんなに長くなってしまうのも申し訳ないなと思ったのと、そもそもあと二週間ぐらい2025年があるのでまだ冊数増える可能性があり、そちらについては年が明けたあといつも通りのんびり書こうと思います。
今回企画に参加いただいた皆様、誠にありがとうございました!積読本がめちゃくちゃ増えました。来年もたくさん読んでいきたいと思います。
















