@particle30

惑星イオはどこにある

「流星ワゴン」


 

人を救う手立てはたくさんある。

 

金を渡したり、やさしい言葉をかけたり、愛してみたり、境遇の変化をもたらしたり。現実を変えることは、多くの場合たやすい。ちょっとした気遣いや思いつきで、意外と世界は変わってくれる。

 

しかし、あまりに深く沈みこんだ絶望のなかには、とうてい変質が許されていないものもある。

 

泥のなか、地層のおく深く、とにかく触れない遠くに現実の原石があり、だれにも変えることはできない。どうしようもないものの前でたちすくみ、医術も科学もなにもかもが彼のまえから去ったとき、最後にひとつ残されている救いの手段があるとするならば、それは”文章”しかない。

 

(というテーマの短編小説を書きかけのまま放置してあります)

  

 

「流星ワゴン」は、そういう物語で、ひとが死のうとするとき、つまり客観的な見方はどうあれ本人が「終わった」と判断したとき、そして現実をなにひとつ変えられないとして、のこり一つ出来ることってなんなんでしょう。という話なのだ。

 

あらすじはこちら。

 

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■あらすじ(wikipediaより

 

永田一雄は死んじゃってもいいかな、と思っていた。

 

仕事はリストラ・妻からは離婚・子供は受験失敗で引きこもり。地元で入院している父親を見舞に行った時に貰える交通費の余りで何とか暮らしている有様。その父親も癌でいつ死ぬかも分からない。父親の見舞帰りに駅で酒を飲んで酔っ払っていると、ロータリーに1台の車が停まっている事に気が付く。その車には5年前、偶然見た新聞の交通事故の記事で死亡が報じられた橋本親子が乗っていた。言われるがままにその車に乗り込む一雄。そしてその車は一雄を、人生の分岐点へと連れ戻す。

 

降り立ったのは、仕事の途中で妻を見かけた日。他人の空似だろうと仕事に戻ろうとした所に、一人の男が目の前に現れた。一雄はその男の事を、よく知っていた。

 

その男は今の自分と同い年、38歳の時の父親だったのだ。

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久しぶりに小説を読んだ。ような気がする。

 

というのも最近キルケゴールの「死へと至る病」にかかりきりだった。もっとも愛すべきブックカバーはこの子どもにかけられていて、ほかの本は家でさっと読めるぶんだけ。まったく持ち出ししなかった。

 

とはいえあまりに読んでいなさすぎてこれはどうだろうということで、積読のなかから選んだのがこの一冊。自分で買ったのか、人に貸してもらったのか、実家にあったのか、同居人の本なのか、なにも出自はさだかではないが、ともかくもわりと以前からよい評判の聞く本で、何かの賞もとっているらしい。

 

重松清は「きみの友だち」がとても良かったので期待しながら読んだ。

 

■感想

 

・文章はたいへん読みやすい。

 

ラノベみたいな文章でもある。「きみの友だち」のときにもだいぶライトな文章だな~と思ったけれど、「流星ワゴン」はいっそう軽い。主人公が38歳で、テーマも人生の疲れやくたびれや家族愛について(男女愛を扱ったものではぜんぜんない)、というところが、ライトノベルとはとうてい呼べないものの、文章の軽さや設定のファンタジックさなどはかなりライトノベルのノリに近いのではないか、という気がした。(所謂なろう小説的な文章ではなくライトノベル的な、というぐらいのライトさです)

 

・人間の、ふとしたときの気まずさや気恥ずかしさ、気後れやあきらめなど、そういった一種なさけなくもある感情を、ちょっとした行動の描写で表現する、というのがほんとうに上手かった。

 

・大泣きした。

 

------------------------------------------------------------以下、ネタばれ含む。

 







・子どもが山から帰ってきてしまったのがなんとなく解せない。「まだあのワゴンはこの世界のどこかを走っているのです、あなたもぜひ」と読者に語り掛けたいがためだけに残したようにすら思う。帰ってきてくれてよかったなあ、という感じがあまりしなかった。

 

・映像化するとたしかによさそうだな、という感じがあった(ドラマ化しているようです)。最後にみんな幸せになるハッピーエンドも、映像ならより深く感動して見れそう。

 

・しかし、子どもが自分の死んだ場所へ向かっていくあのシーン、あそこだけは文章のほうがよさそうだなー……文章のいいところは、あくまでもペースを自分で決められるところですよね。一行一行泣きながらゆっくり進めることができる。より深く感情を楽しめる。

・子どもを持つと人生二週目に入れる、という論、いままでも何度か聞いたことがあった。とすると人生というのはそもそも30年程度しか必要ではないのかもしれない。2回か3回か、何回か同じことを大切に繰り返して、そして死ぬということ。

・「2週目」を強調するための要素として、「同年齢の父親の登場」があった。どこまでも「くりかえし」と「ねがい」に着目した作品だった。同じことが、何度も繰り返され、現実はひとつも変えられないのに、気持ちだけが変わって、最後には救われるかもしれない、という話。

 

・いくつか「これ誰が言ってるの?」みたいな台詞があって、多少戻ってシーン確認をしたりしてもやっぱりどっちがしゃべっているのか分からず、なんだかモヤっとしたところがあった。

 

・「きみの友だち」のとき、多少ラストが強引にまとめられすぎているというか、とつぜん知らない男が出てきて答え合わせされているような、不思議な抵抗感があったのだが、「流星ワゴン」においては山から子どもが帰ってくるシーンがそれにあたるような気がしていて、「ううん……そうなっちゃうのか……」と、筋書きに妙な強引さを感じてしまったり。

 

・とはいえ。読みやすく手触りがあり大号泣できる、よい本でした。